第4章
彼は、ぼくの指をなめながら、じっとこちらを見ている。
・・・つぶらな瞳。
実に愛らしい・・・そしてハンサムなフェイス。
まるで、ちっちゃな『ぬいぐるみ』が、この中で生きて動いているようだ。
ふと、ケージの中にぶらさがっている、一本のタオルに目が行った。
(ははぁ・・・きっとこのタオルは、この子の普段の「遊び道具」か何かなんだ。これを下から歯でグイグイ引っ張って、退屈をまぎらわせているんだろうな・・・。)
指をなめられながら、その無邪気な様子を想像したぼくは、ますますこの子が欲しくなった。
そうしているうちに、ひとりの若い女性店員が、この狭い小動物コーナーの部屋に入ってきた。
定期的なエサやりか、ケージの掃除か何かだろう。
「・・・あのぅ、この子・・・うさぎ買って帰りたいんですけど・・・。」
「え・・・? あ、はい。この子ですね・・・?」
「はい。」
そして、その店員さんは、ケージから彼を取り出し、しゃがみこんで自分の膝にのせ、いとおしそうに背中をなではじめた。
「・・・よかったね。新しいお父さんが見つかったよ。いままで、本当にありがとう。でも、さびしくなるね・・・。」
店員さんの目には、うっすらと涙が光る。
彼も、そのお姉さんに背中を優しくなでられながら、どこか悲しそうな様子。
無言で、じっと彼女の太ももにふせって、みじろぎもしない。
ぼくは思った。
(そっか・・・。きっとこのお姉さんは、この子を、まるで我が子のように、今日この日まで、それは丹精こめて世話をし、とても可愛がっていたにちがいない。
だから、この子と別れるのがつらいんだ。本当は、この子を自分自身で飼いたいんだろうな・・・でも、彼は『売り物』『商品』で、自分はそれを売る立場の店員だから、それは許されないんだろう・・・。)
ぼくは理解した。。
(・・・大切にされてたんだな。)
きっと、この子が初対面のぼくにあんなに素直になついてくれたのは・・・
このお姉さんが、これまで愛情込めて、声かけしながら毎日毎日、誠実にやさしく世話をしてくれていたからなんだ、と・・・。
ぼくは、彼女に悪いような気がした。
ためらいもなくこの子を買って帰るという行為が、ずっと可愛がっていた子供を、容赦なく彼女から奪ってしまうような・・・そんな薄情でデリカシーのない、あさましい行為のようにも思えたからだ。
でもぼくは同時に、ここでこのまま帰宅してしまったら、もう二度とこの子には会えないんだ、という予感も強く感じていた。
・・・もう、そんな悲しい予感にも襲われていた。
お姉さんは、ぼくが、彼用の新しいケージなどを購入する間、ずっと彼を抱っこしてくれていた。
もちろん彼は、暴れたり嫌がるそぶりなど見せずに、彼女に優しく抱かれながら、ごく自然におとなしくしている。
そして彼女は・・・移動用の、専用の箱に彼を入れる際、こう言って、涙を落とした。
「・・・お別れだね。可愛がってもらうんだよ。いままで本当にありがとね・・・さようなら。」
入り口の戸を出て振り返ると、お姉さんは大粒の涙を流しながら、さびしそうにこちらに手を振っていた。
・・・ぼくは心に誓った。
(きっと・・・きっとぼくは、あのお姉さんに負けないくらい・・・そう。彼女を忘れてしまうくらい、君を愛し、ずっとずっと可愛がって大切にするからね。約束するよ・・・。)