表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/79

第21章:ようするに、熊田君の『真意』とは

 ・・・むずかしいことじゃない。


 つまり、こういうことですよ。


 「俺の家より貧乏でみすぼらしい家屋に住んでほしかった。」


 ぼくが最後に訪問したときの、彼の新しい自宅は、


 大田原市某所の、小さなマンション。


 築数十年の、昭和時代の遺物である。


 それでも、前章で述べたような、彼の最初の生家の、不潔で破滅的な要素は、ひとつも見当たらない、清潔な環境でなによりだった。


 熊田君は、ぼくが無職でカネが無い時期に、


 よく飲食店や「すたみな太郎」のようなバイキングに誘ってくれて、太っ腹におごってご馳走してくれ、大いに助けてくれた。


 そのことは、いまもいい思い出だし、感謝の気持ちしかない。


 自宅でなじられていたぼくは、遠慮して家での食事を避け、公園などに逃げていたから、いつも空腹だった。


 実際、母親からは面と向かってハッキリと、


 「働かざるもの、食うべからず!」といわれたしな。


 だから、熊田君に、


 「親切心の裏がえしの本心・真意」があることはわかっていたものの・・・


 いまも彼を憎んではいない。


 茶太郎と、倉庫を脱出したあの夜だけは、本気マジで恨んでいたけどね。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 ・・・いま、母と弟(= 次男坊)とぼくとの3人で暮らしている家は、


 1998年に新築した、二階建ての立派な屋敷である。


 敷地は三百坪もあり、この一帯では一番大きな住まいとなっている♪


 だから、熊田君のような「自宅へのコンプレックス」というものは、生まれてこのかた、ただの一度も感じたことはない。


 金銭的にも恵まれていたし、厳しいながらも、まともな教育を受け、両親からの虐待や暴力もいっさいなく、


 「お坊っちゃん」「箱入りの長男」として、大切に可愛がられ、何不自由なく育った。


 それにひきかえ、熊田君は・・・


 「苦労人」そのものの人だった。


 ぼくより18歳年下の彼は、学業に励みながら、自分の祖父と妹、統合失調症の、元・看護婦のお母様の世話をしながら、懸命に生きてきた。


 ぼくの、恵まれた人生とはまったく異なる「歩み」をしてきた青年だった。


 だから、彼の「本心」「ホンネ」が見えてきても、ぼくは彼を見限ることはなかったのだ。


 彼が、無職のぼくに「生活保護申請」を強く勧め、社会保険事務所にまでなかば強引に引っ張っていったのも、


 あんなヒドイ倉庫に住まわせたのも、


 彼の根強い「コンプレックス」のなせるわざだということを、痛いほど理解できていたからだ。


 だからこそ、あれだけぼくに「プッシュ」し、協力的だったんだな、と。


 熊田君はまた、


 ぼくが一人暮らしして、うるさい母親や、なじる弟と離れて暮らしたいんだ、という話を打ち明けるたびに、こんなふうに言っていた。


 「・・・ソレなら、ぼくが栗原さんのために、ボロいアパート探しますよ。働くようになるまで、家賃は面倒みますから。」


 「ここで思いきって、きったねぇアパートに突っこんだらいいじゃないスか。」


 とね。


 ぼくの二階の自室に案内し、蔵書の無数の語学書を目にしたときに、彼はこんなことも言っていたな。


 「・・・ぼくが栗原さんなら、迷わずこうしますね。ここにある外国語の教科書・・・いますぐ全部捨てますよ。」


 それからほどなくして、少しずつ熊田君とは疎遠になっていき・・・


 もう10年以上も、連絡は途絶えている。


 m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ