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エピソード2:Friday/キミの戦場③

 そして、金曜日の16時過ぎ。

 無事に(?)学校を終えた蓮(政宗)が、『仙台支局』へ顔を出した。

「お疲れさまぁぁぁ……あー……」

 瑞希が解錠した扉を開けて中に入ってきた次の瞬間、言葉と共にヘナヘナと崩れ落ちる。瑞希は反射的に「ヒッ!?」と後退りした後……オズオズと話しかけた。

「あ、あの……佐藤支局長、なんです、よね?」

「え?」

 瑞希の言葉に顔を上げた蓮(政宗)は、半信半疑といった様子の彼女に苦笑いを向ける。

 瑞希が入社して3ヶ月ちょっとだが、突拍子もないことの尻拭いを次から次へと怒涛の勢いで押し付けるようになってしまっている気がする。いや、気がするでは済まされない事実だ。

「そうなんだよね。迷惑ばっかりでごめんね、支倉さん。スケジュール変更マジでありがとう……」

「い、いえそんなっ!! 仕事ですし……佐藤支局長もお疲れ様です」

 蓮(政宗)の中によく知る雰囲気を感じ取った瑞希は、ようやく肩の力を抜いて軽く会釈をした。すると、衝立の向こうからユカがひょっこりと顔を出す。

「あ、政宗お疲れ様。ちゃんと高校生やってきたと?」

 茶化すような眼差しに、蓮(政宗)は立ち上がりつつ、これみよがしに胸を張った。

「当然、完璧にこなしてきたぜ。俺、体育では軍師って呼ばれたんだからな」

「は? 軍師?」

「テストも多分問題ない範囲の点数だと思う。いやー、若いって楽しいな!!」

「なんそれ……そげん楽しいなら、ずっとそのままでもよさそうやね」

 予想以上に蓮の生活を満喫している彼に、思わず口調が嫌味っぽくなってしまう。ユカの言葉を受けた蓮(政宗)は「いや、それは……」と口ごもった後、頭を振って呼吸を整える。

 そして、眼鏡越しの眼差しで前を見据え、一歩、前に踏み出す。

「でも、俺の戦場は学校じゃないことも分かった。統治と名波君はいるか?」

「おるよ。17時には心愛ちゃんも来るけんが、週末の作戦会議でもしようかね」

 蓮(政宗)が背筋を正した歩き方で通り過ぎる。その背中を見たユカは、昨日、彼からもらった言葉を改めて噛み締めていた。

 姿や声が違っても、今、眼の前にいる彼が、『東日本良縁協会仙台支局支局長・佐藤政宗』なのだ。


「おー!! 俺が俺の席に座ってる!!」

 支局長の席――部屋の奥に座っている政宗(蓮)の姿を目の当たりにした蓮(政宗)が、我慢できずに大声を出す。

 それを受けた政宗(蓮)は、作業の手を止めて盛大に顔をしかめた。

「……お疲れ様です。うるさいんですけど」

 蓮(政宗)はそんな彼の様子に萎縮することも遠慮することもなく、屈託のない笑顔で――蓮としては至極珍しい表情で――言葉を返す。

「ゴメンゴメン。ほら、自分のことを客観的に見ることなんかないからさー。どう、蓮君、俺として過ごしてみてどんな感じ?」

 何かを期待するような軽薄な笑みに、政宗(蓮)は至極冷静に返答した。

「そうですね……目の疲れがいつもよりも随分早くきたように感じます。あと、体が重いです。加えて、足をよくぶつけますし、何よりもポケットのハンカチが汚かったです」

「どういうこと!? 大事に扱って返してねあとハンカチはごめんね!?」

 淡々と体の不具合を述べる政宗(蓮)に、蓮(政宗)がツッコミを入れている間、統治は静かに瞬きをして視える世界を切り替えた。そして、改めて2人の『因縁』を凝視し……ため息をつく。

 彼の目に視えた世界(現実)は、昨日とほとんど変化がなかったのだから。

「昨日とあまり変わりがないな……様子見か」

 ユカもまた、統治と同じ現状を見て、同じ結論に達していた。こればかりは無理に干渉するわけにもいかないが……かといって、何も出来ない現状も歯がゆい。

「ねぇ統治、何か出来ることはなかと? 当主とか何か知らんとやか?」

 ユカの言葉に、統治は軽く首を横に振った。

「仮に知っていたとしても、時間が解決すると言われるだけだろうな。名杙当主がこの程度の事案に干渉することはない。流石に切ってつなげ直すわけにもいかない案件だから、やはり様子見が適切だ」

「だよねぇ……」

 統治の返答に、ユカは自席に座ってため息をついた。蓮(政宗)は、普段、華蓮が使っている席――ユカの隣の椅子を引いて腰を下ろすと、顎に手を当てて思案する。

 それは、この現状を目の当たりにしてから……ずっと、疑問に思っていたこと。

「……そもそも今回、どうして急に俺と蓮君の『因縁』は絡まったんだろうな」

「政宗、どういうこと?」

「いや、人間の『因縁』は、『関係縁』ほど細く不安定じゃない。それこそ、お互いに『混濁』のような状態で精神や情緒が不安定とか、互いに何か、『縁』のバランスが悪くなるような要因があったんじゃないかと思ったんだ。ぶっちゃけ、俺には心当たりがあるからさ」

「あ、えっと……菅波さん、だっけ」

「そう。昨日も統治と呼び出されて、強気で突っぱねてきたんだけど……これが何ヶ月も続いててさ。スパッと縁を切れるような言い訳も思い浮かばなくて、対応に煮詰まっていたところではあるんだ。蓮君も例えば、テスト勉強のストレスとか、クラスメイトとの関係とか、何か強く悩んでいることがあったんなら……俺と同じような状態になってて、それが悪く作用し合ったのかもしれないな、ってさ」

「なるほど……名波君、思い当たることはなかと?」

「え……?」

 ユカから話を振られた政宗(蓮)は、思わず手を止めて目を開いた。そして、しばし無言になり……。

「急に言われても……すいません。確かにテスト勉強は大変でしたし、他に何かあればお伝えします」

「お願いね。じゃあ、仮に政宗の仮説が正しかった場合、名波君側のストレスはこれ以上大きくならんやろうけんが、政宗側の原因を何とかすればいいってこと?」

「かもしれないな。まぁ、根本的な解決にはならないけど。統治、先方から何か連絡は?」

「いや、今日はまだ特に――」


 統治がそう言った瞬間、政宗(蓮)の側にあったスマートフォンが、空気を読むかのごとく振動を始める。発信者を見た彼は、苦虫を噛み潰したような顔でそれを手に取ると、画面が見えるように蓮(政宗)の方へ向けた。そして。


「……話題のお得意様からのご連絡ですが、どうすればいいですか?」


 刹那、蓮(政宗)は立ち上がって政宗(蓮)の隣に駆け寄った。そして、留守番電話に切り替わったスマートフォンの画面を見つめ、目を細める。

「出ますか?」

「いや、こちらから折り返そう。電話料金がかかることも新たな火種になりかねないからね。一番上の引き出しにブルートゥースのヘッドセットがあるから、それを接続して電話をかけようと思う。片方のイヤホンを俺が使って、蓮君が喋る内容を考えて指示を出すから、後はいつもどおり演技してほしい」

「いつも通りって……」

「期待してるよ、片倉さん」

「ったく……!!」

 初めて政宗(蓮)は感情をあらわにした声で舌打ちをすると、引き出しからイヤホンを引っ張り出し、それを蓮(政宗)へ放り投げる。そして。

「ペアリングお願いします。僕はちょっと……気持ちを切り替えますので」

「了解」

 それを受け取った蓮(政宗)は、口元に笑みを浮かべて頷いた。


 約2分後、政宗(蓮)は椅子に座り直し、一度、息を吐いた。

 左耳には、マイク付きのイヤホンを装着している。そして、右側には蓮(政宗)がパイプ椅子に腰掛けており、冷静に足を組み直した。

「蓮君、いける?」

「問題ありません」

 そう言って前を見据える政宗(蓮)を確認し、蓮(政宗)はスマートフォンを操作する。そして、録音アプリを起動した。

 留守番電話には、文句も苦情も罵詈雑言も何もなかった。これまでは対面で録音不可の状況でしか話をすることが出来なかったけれど、今日の通話内容によっては、警察に相談することが出来るかもしれない。それは、『あること』への加点になる。


 こちらの責任は果たしている。そう言い切れるだけのことはやった。

 『縁』を切ったのは、向こう側なのだ。


「……誰に喧嘩売ってんのか、教えてやるよ」

 蓮(政宗)は口元に笑みを浮かべると、相手と『対話』するためにリダイヤルを操作する。

 呼び出し音が1回、2回、そして――


『……もしもし』


 政宗(蓮)の耳に飛び込んできたのは、いらだちとくたびれが入り混じった、濁った男の声だった。


「お世話になっております。佐藤です。すいません、先程お電話をいただいていたようで……」

 政宗(蓮)は小声で喋る蓮(政宗)の言葉を、『政宗の声音(テンション)』で相手に伝える。

『佐藤さん、わざわざありがとうございます。昨日の件で聞きたいことがあったので、電話しました』

 意外と低姿勢だな、というのが、正直な印象だった。開口一番罵られることを覚悟していた政宗(蓮)は、思わず面食らってしまったけれど……すぐに気持ちを切り替える。

 感情を悟らせないような相手の方が、どう考えても厄介だ。

「聞きたいこととは何でしょうか。こちらから言えることは、昨日、名杙と一緒にお伝えしたことが全てですが。その他にも何か?」

『昨日の話で、私が納得するとお思いですか?』

「納得といいますか……我々は事実をお伝えしただけです。菅波さん、あなたは我々の進言を聞き入れずにご自身の考えて行動した。だから、その結果はご自身で清算なさってください、と」

『顧客へのアフターフォローが随分とぞんざいなんですね。自分達の言うことを聞かなければ見捨てる、そんなサービスではこの先やっていけませんよ』

「ご忠告痛み入ります。確かに我々は御社と契約をしていました。ですが、その『御社』がなくなった今、アフターフォローをする先がないと思いませんか?」

『人間の面倒をみるつもりはないと?』

「人間、社員の面倒を見るのは代表取締役の仕事のはずです。我々の仕事は、会社という単位を相手にしています。契約書にもそのように記載させていただいておりますので――」

『――はぁーあ。もういいです。もういいです。助けてくれないならもういいです』

 イヤホン越しの溜め息で政宗(蓮)の話を遮った菅波は、しばし沈黙した後……ポツリと口を開く。

『じゃあもう、死ぬしかないですね。私』

「……」

 うっわこんなタイプか、と、政宗(蓮)は言いかけた感想を飲み込み、目線で蓮(政宗)を見やる。そして、彼の表情が暗くなっていることに、今回の心労の最大の原因を察した。

 相手は、自分の命をふりかざして、政宗にすがりつこうとしている。

 切り捨ててしまうことも可能だと思うが、万が一自殺でもされて、遺書に政宗への不満なんか残された日には……後味が悪すぎるし、『仙台支局』の今後も関わるだろう。

 死人は口なし、よく言ったものだ。

 そして蓮は、そのことを……よく知っている。だからこそ、ここで選択を誤れば、取り返しのつかないことになってしまうことも、身をもって知っている。

 どーすんだと改めて蓮(政宗)を見ると、我に返った彼が口を開いた。

「菅波さん、それは……」

 とりあえずその通り口にしてみたが、動揺が分かりやすく相手に伝わっていることは明白だ。案の定、菅波が滑らかに言葉を紡ぐ。

『俺が死んだって佐藤さんは何とも思いませんよね。こんなに無責任ですもんね』

「……」

 あーめんどくせーと思いながら、政宗(蓮)は黙って彼の話を聞いていた。

 そして……『政宗』の弱点を改めて認識する。


 彼は自分のせいで他人が不利益を被ることを、決して良しとしない。自分に出来ることを探して、泥臭く走り続けるタイプだ。そのため、電話の向こうの菅波とは決定的に相性が悪いと思う。

 政宗だって、彼を救いたかった。その気持ちに偽りはない。

 でも……。


「――そうですね」


 刹那、政宗と蓮が口に出したのは、全く同じ言葉だった。


『は……?』

 電話の向こうの菅波の声に、あからさまな狼狽が交じる。政宗(蓮)が蓮(政宗)を見ると、彼もまた、こちらを少し驚いたような眼差しで見つめていて……肩をすくめた。

 そして、視線を前に戻すと、一気にたたみかける。

「我々は、菅波さんの命や人生に責任を持つことは出来ません。ただ、命を終わらせたいならば止めたいし、ぶっちゃけ警察に今の話は伝えるつもりです。俺でよければこのまま少しくらい話を聞くことが出来ますが、それでも……俺は、あなたの人生そのものに干渉することはできません」

『わ、私を見捨てるのか!?』

「人生の先輩にあまりこういうことは言いたくないのですが……決めたのは貴方なんですよ。我々に出来るのは選択肢を見せて、一緒に考えることです。それ以上の責任はご自身で背負っていただくことが筋だと考えています」

『それは……!!』

「力になりたかった、この気持ちに偽りはありません。ただ……我々との縁を切ったのは、菅波さんご自身です。それに、我々も慈善事業ではない。あまりにしつこいようであれば、業務妨害で関係機関に相談することも考えています。当然、今回の電話も含めて、これまでのやり取りは記録させてもらっています。俺は……聖人君主ではありません。部下を、この場所を守るために……こう、決めました」

 刹那、菅波が電話を切った。無機質に響く節電の音に政宗(蓮)が胸をなでおろしていると……蓮(政宗)が静かにイヤホンを外し、支局長席の脇に置く。そして。

「統治、悪いけど……」

「分かっている。名杙としても問題ないだろう」

「ありがとな。ちょっと……頭切り替えてくるわ」

 蓮(政宗)は苦笑いを浮かべたまま、足早に部屋を出ていった。その姿を見送りつつ……事情の分からない政宗(蓮)と瑞希が、なんだろうと首を傾げる。

 電話は終わったのに、彼はどうしてあんなに辛そうな……。

 腑に落ちないままの政宗(蓮)がイヤホンを外して片付けていると、自席に座っていたユカが立ち上がり、統治の方へ近づいた。

「統治、さっきの電話の人……切ると?」

「そうなるだろうな。理由としては問題ない。来週中には決済されるだろう」

「ま、しょうがなかね」

 ユカと統治は、これから何が起こるのか分かっている様子だ。ガッツリ関係者なのに話が見えないのは釈然としない。政宗(蓮)はわざとらしく咳払いをすると、2人の注目を自分へ向ける。

「すいません、僕はこれからどうすればいいですか?」

 政宗(蓮)の言葉に、ユカが「お疲れ様」と返答する。そして。

「あたし、ちょーっと政宗の様子ば見てくるけんね。名波君も休憩とって、次は心愛ちゃんへの説明に備えとってね」

「分かりました。あと、山本さんがおっしゃっていた『切る』とは、何ですか?」

 政宗(蓮)の問いかけに、ユカは努めて事務的な口調を心がけると、電話の向こうの相手の処遇を口に出す。

「文字通りの意味やね。さっきの電話の菅波さんと、この『仙台支局』関係者との『関係縁』を切ると。勿論勝手にはできんけんが、名杙に伺いを立ててからにはなるけどね」

「そんなことが……」

「組織内の手続きを踏めば出来るんよ。例えば今回みたいに、あたし達にとって不利益になる相手とか。政宗も縁切りの根拠を集めるために、何度も対話に応じとったんやろうね」

 当たり前に言ってのけるユカの言葉に、改めて、ここがどんな組織だったのか思い知らされる。


 ここは、『東日本良縁協会仙台支局』。

 生きている人間、死んでしまった存在、両方の『縁』を平等に扱う場所だ。

 必要であれば結ぶし、不要であれば――


「だったら、僕もいずれ……」

「ん?」

「……いえ、何でもないです。とりあえず分かりました」

 政宗(蓮)は軽く会釈をした後、カップに残ったコーヒーを飲み干す。

 ぬるくて、少し渋かった。

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