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エピソード4:Sunday/ネクストステップ④

 ユカ達3人と別れた心愛と蓮は、改めて水族館内へと足を踏み入れた。そして、館内を順番に巡っていく。

 入館して最初に出迎えてくれるのは、三陸の海を再現した大水槽だ。横幅が約14メートル、高さが約7.5メートルという巨大な空間の中で、約3万点の多種多様な海の生物が、それぞれの場所で自由に生きている。この水槽は天井がなく、自然光が降り注ぐ設計になっているので、今は穏やかな日差しが水の中に差し込んでいた。心愛は見たことがある場所だが、何度見てもその存在感に圧倒されてしまう。

 先程よりも館内の人口密度は高くなっているが、照明は薄暗いので少々見通しが悪い。心愛は蓮とはぐれないように、一定の距離を保ちながら水槽を見上げた。

「いつ見てもすごいなぁ……」

 視界全てで捉えきれないほどの光景に、正直な感想が漏れる。蓮もまた、心愛と同じ方を見つめながら……ふと、スマートフォンの画面で時間を確認した。そして。

「心愛さん、あと10分ほどで、この大水槽のイベントが始まりますよ」

「え? 本当ですか?」

 自分を見る心愛に頷いた蓮は、「どうしますか?」と問いかけた。心愛はしばし考えた後、「ここで見ます」と意思を告げる。そして、だからこんなに人が集まっているのか、と、妙に納得してしまった。

 そして、約10分後。フロアに流れるクラシック調の音楽にあわせて、マイワシの大群が動き始める。噴射されるエサに導かれて、マイワシがまるで訓練を受けたかのように、統制された動きを見せてくれるのだ。そんなマイワシの群れを目がけて他の魚も動き始めるので、水槽全体で壮大なショーが開幕しているように見える。目線で魚の動きを追いかけながら……心愛はふと、隣にいる蓮に視線を向けた。

 そして……彼もまた、目を大きく開いて魚の動きを追っていることに気づき、嬉しくなる。

 同じものを見て、同じように感動して。

 彼が自分と似た感性を持っていることが嬉しくて、安心してしまう。

「……心愛さん?」

 彼女からの視線に気付いた蓮が、訝しげな表情で心愛を見た。心愛は「ほらあっち、イワシがターンしてますよ」と話題と視線をそらしつつ、彼に対する恐怖心がなくなったことを、改めて実感していた。


 その後、館内を一通り見て回った2人は……再び、並んで大水槽を眺めていた。

 ただし、先程いた場所ではない。建物の2階、順路の終盤は、丁度、大水槽の前に出る構造になっている。最初は下から見上げるように、今度は上から見下ろすように、水槽の様子を観察することが出来るのだ。2人は今、階段状のベンチになっている最上段に並んで腰を下ろし、高い位置から水槽を見つめている。1階の水槽前と同様に、館内の照明は抑えられているので……少し薄暗い空間で、軽い休憩を取っていたところだ。

 蓮は手持ちのスマートフォンで時間を確認した。気付けば間もなく午前11時30分。フードコートが込み合う前に昼食を済ませて、イルカショーを見れば……この施設を十分に楽しんだことになる、と、思う。

 彼女は……楽しんでくれているだろうか。その不安はつきまとうけれど、だからといって「楽しいですか」なんて聞いても、「楽しいですよ」としか答えようがない。

 誰かと2人で休日に遊びに出かけるなんて、それこそ、華と買い物に行った以来かもしれない。あの時はエスコートしてもらえて楽しかったけれど、今回は……。

 黙り込んだ蓮の様子に気付いた心愛が、視線を彼の方へ向けた。そして。

「……ありがとうございます」

「え?」

「心愛のために、時間を作ってもらいましたから。心愛の誕生日って基本的に平日だから、学校で「おめでとう」って言ってもらって終わりなんです。それも十分嬉しいんですけどね。それに、家族でどこかに出かける、なんてこともなくて……こうやって外でお祝いしてもらうなんて、初めてかもしれないです」

 こういった彼女の瞳の奥に、少しだけ、寂しさを感じた。


 蓮はずっと、心愛は『家族に恵まれた存在』だと思っていた。

 両親から愛され、堅実な家に生まれ、何不自由なく生きることが出来る女の子。勿論、この認識は間違っていないと思う。

 けれど――名杙という家のこと、統治と心愛の関係を知れば知るほど、自分の認識以上に、彼らの家の中には仄暗い『何か』があることを思い知らされる。

 心愛も、統治も、その『何か』と折り合いをつけながら……時に、その中でもがいて、迷って、立ち止まって、自分を探している。そんな気がしている。

 そんな彼女へ、今の自分が出来ること。それは――


 蓮が言葉を探していることに気付いた心愛が、「すいません」と頭を下げた。

「まだ終わりじゃないのに、しんみりしちゃいましたねっ!! とりあえず、お昼食べませんか? 心愛、朝から頑張ったのでお腹すいちゃって――」

「――あの、心愛さん」

 彼女の言葉を遮り、蓮が名前を呼んで彼女を見据える。

 そして、きょとんとしている彼女へ向けて……今日、一番伝えなければならない言葉を口にした。


「その……遅くなってすいません。誕生日、おめでとうございます」

「名波君……」

 彼女に伝えたかったことを、自分の声で、はっきりと。

 メールではなく、片倉華蓮としてでもなく、政宗の声でもなく……名波蓮として。

「ら、来年は少なくともこんなに遅くならないようにします。名倉さんや柳井君に協力してもらってでも何か――」

「来年も……お祝いしてくれるんですか?」

「へっ!?」

 刹那、自分が割ととんでもないことを言っているような気がして、蓮は思わず口ごもった。

 未来への約束なんて、無責任だと思っていた。人は次の瞬間に何があるか分からない。人間関係がどう変化するのかも分からない。明日、数分後、蓮が心愛を裏切る可能性も……決して、ゼロではない。

 けれど。そんなこと、彼自身がよく分かっているとしても。

 蓮は眼鏡の奥の瞳を数秒間泳がせた後……彼女を見据えて、観念したように言葉を続ける。

「……ご迷惑でなければ、ですが……」

「そ、そんなことないです!! ご迷惑じゃないです!!」

 心愛はツインテールを振り回すように首を横にふると、大きな瞳で蓮を見つめ返した。

「じゃ、じゃあ、心愛も来年の6月に、名波君をお祝いします!! 絶対にします!!」

「心愛さん……」

「だ、だから……えっと、これからも、宜しくお願いしますっ……!!」

 こう言って頭を下げる彼女に、蓮はしばし圧倒された後……肩をすくめて、居住まいを正す。

 そして。

「僕の方こそ。宜しくお願いします」

 こう言って、頭を下げる。

 そして、2人同時に頭を上げて……笑いあった。

「ふふっ、心愛たち、何してるんでしょうね」

「そうですね。とりあえずフードコートに行きましょうか。サメの肉が食べられるらしいですよ」

「そうなんですか!? 水族館でサメを食べるって……なんか、シュールですね」

「同感です」

 荷物を持って立ち上がった2人は、フードコートへ移動するために、照明が明るく照らす順路の方へ歩き始める。

 学校のこと、仕事のこと……家族のこと。そんな、とりとめのない話をしながら。


 この時の蓮も心愛も――当然だが、まだ誰も、何も、気付いていない。

 心愛が蓮の『因縁』を掴んだことで、僅かな『変化』が生まれていることに。


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 時刻は19時30分、日曜日が終わりに向かう頃。

「あー……やぁぁぁっと飲める……飲めるんだ……!!」

 すっかりしっかり元に戻った政宗は目を宝石並みに輝かせ、自分の目の前にある350ml缶を眺める。そして、プルタブに指を引っ掛けて呑み口をあけると、冷たい缶を右手で持ち上げて――盛大に煽った。

「っ……んっ、はぁー……あぁー……」

 喉越しを堪能しつつも一旦名残惜しそうに缶から口を離し、頬を緩めてにへらと笑う。

 この瞬間を待っていた、そう言わんばかりの満面の笑みだ。

 それはもう、それはもう楽しそうにビールを飲む彼の姿を……ユカはテーブル越しに冷めきった目で見ていた。

「もとに戻って何をするかと思えば……」

 分かっていたけれど、突っ込まざるをえない。ジト目のユカに、政宗は一切萎縮することなく言葉を返す。

「流石に蓮君の体でビールを飲むわけにはいかないだろ?」

「当たり前やんね酒バカ宗」

「だから4日我慢したんだ、4日だぞ? 1日が24時間だから、えーっと……えっとだな……」

「たった96時間やろうもん。それくらい禁酒した方が、体によかっちゃなかと?」

「いや、我慢を強いることは心身の健康に悪影響だ!! と、いうわけで飲むぜー!!」

 そう言って楽しそうに残りを飲み始める彼にため息をつきつつ……ようやく、今回の一件が終わったことを実感出来る。ユカは自分用の夕食に買ったメンチカツの入ったプラスチックトレイを開けながら、苦笑いで彼を見つめた。

「明日まで引きずらんようにせんねよ」

「分かってるよ。明日は朝からバリバリ働くぜ」

「それは何より。あ、支倉さんに甘いものでも買ってあげんね」

「そうだな。何か差し入れするか……」

 政宗はそう言って机上の笹かまぼこをつまみつつ、視線の先で惣菜のメンチカツを食べているユカを見る。

 目の前に座って食事をとっている彼女は、いつも通り。違うことといえば、帽子を外していることくらい。

 見える世界、彼女との距離感、自分の感覚、その全てが元に戻って。

「……なぁ、ケッカ」

「んー?」

「色々とありがとな。ケッカがいてくれたから、色々と心強かったよ」

 改めて言われると、どこか照れくさい。ユカは「本当に?」と、からかうような口調で言葉を返す。

「あたし、車も運転出来んとに」

「いや、そういうことじゃなくて……なんというか、心理的な側面で?」

「それは良かった。お役に立てて何よりです」

 アルコールが回って顔を赤くしている政宗を軽くあしらいながら、ユカは残ったメンチカツを割り箸で切り分け、一口サイズにして口へと運ぶ。

 もうすっかり、この家の一員のような顔で過ごしているけれど、本当の引っ越しは月末だ。それまでに自室の荷物を片付けておかなければ。

 引っ越しが終われば、きっと、リビングにも自分の私物が増える。割り箸だって使わなくなるだろう。里穂が言っていたように、一人暮らし用の家財道具では足りなくなるかもしれない。

 そんな時間が続けば……何か、変わるだろうか。

 今はまだ分からないけれど、動くと決めたのだから頑張ってみようと思う。

「そういえば……あたしが今借りとる部屋、なんか賃料が半年払いやけんが、解約するなら色々手続きしたほうがいいんじゃないかって名波君が言いよったよ」

「あー、そういえばそうだった。早めに契約書探しとくか」

 政宗はそう言って更にビールを飲み、軽くなった缶をテーブルの上に置く。

 そして……ユカの皿に残るメンチカツを、じぃーっと見つめ始めた。あまりにも凝視しているその様子に、ユカが目に見えて警戒する。

「な……なんね政宗。政宗はコロッケば選んだやんね。これはあたしのご飯やけんね」

「ん。」

「いや、そう言って無言で口を開けられても……そもそも割り箸じゃ届かんけん諦めんね」

 ユカがそう言って彼を横目であしらうと、立ち上がった政宗はスタスタと移動して、ユカの隣にある椅子を引いて腰を下ろした。そして、何かを期待するように彼女を見つめ続けている。

 視線が、痛い。

「……ウッザ」

「なんだよー。一口くらいいいだろー」

「えぇー? じゃあ、政宗もコロッケくれると?」

「おう。同じ量は返すぞ」

「なら……」

 物々交換ならば自分も損をしない。そんな損得勘定で納得したユカは、切り分けたメンチカツを1つ、箸でつまむと、彼の口の中へ放り込んだ。

 政宗は満足そうな表情で咀嚼した後、ユカの顔を見て、嬉しそうに目を細める。

 そんな彼を見ていると、思わず頬が緩んだ。

「なんね、締まりのなか顔ばして。そげん美味しかったと?」

「まぁ、それもあるけど……今度からこれが当たり前になるんだよな、って思ってさ」

 刹那、ユカは盛大に顔をしかめた。

「はぁ? 毎回物々交換とかせんけんね!? せからし(面倒くさ)かね……」

「いやそうじゃなくて、食事とか、生活とか……ケッカと一緒に出来るんだなって思ったら、やっぱ嬉しくてさ」

「……」

 アルコールのせいもあって、普段よりも正直に語る政宗。そんな彼へ、ユカはいじわるな質問を投げた。

「……価値観の相違が露骨になるかもしれんよ?」

「それでもいいよ。ケッカはちゃんと、俺と話し合ってくれるはずだから」

 彼はそう言って、ユカの前に握った右手を差し出した。

 ユカもまた、同じように右手を握りしめ、それを彼の手に軽くぶつける。

 彼とこうして触れ合ったのは、久しぶりに思えた。そう思って触れたままの手をしげしげと見つめていると、政宗が「ケッカ?」と首を傾げる。

「どうかしたか?」

「え? いや、なんか……ううん、なんでもなか」

 ユカはそう言って頭を振ると、触れていた手を自分の方へ引き戻し、膝の上に置いた。そして、全てが戻ったことを心底実感して……口元を緩める。

「とりあえず、ちゃんと戻って良かったね、政宗」

「ああ。これからもよろしくな、ケッカ」

「こちらこそ。不束者ですがどうぞよしなに」

 ユカがこう言った瞬間、目の前の彼が驚いたように、軽く目を見開いたのが分かった。

「政宗?」

 特に変なことを言ったつもりはないのだが……首を傾げるユカを見て、彼がとても楽しそうに笑う。

「不束者か……それ、いつか改めて言ってくれよ」

「え? いつかっていつなん?」

「そりゃあ……」

 言葉を切った政宗は不意に椅子から体を浮かせて彼女の方へ近づくと、膝の上に置いていた彼女の手に、自分の手を重ねた。そして、硬直している彼女の耳元へ口を近づけ、質問の答えを告げる。


「……俺の10年片思いがハッピーエンドで終わる日だよ」

「っ!?」

「待ってるからな、ユカ(・・)


 そう言ってから手を離し、彼は椅子に座り直した。そして、ユカの気を知ってか知らずか酔いが回っているだけなのか……ずっと、ずっと楽しそうに笑っているから。

「ったく……!!」

 左手で耳を抑えながら視線をそらしたユカは、とりあえず彼が手を伸ばそうとしていた2本目の缶ビールを、反対の手で遠ざける。

 そして、今後は酔っ払った彼からこんな精神攻撃を受けることになるのか……と、未来に思いを馳せて、優しくため息をついた。

「あれー? ケッカ、俺の缶ビールはー?」

「知らーん。政宗、早くコロッケ持ってきて。ケッカちゃんはお腹がすいとるとー」


 だから、この時の2人は予想すら出来なかった。

 まさか……ユカが引き払おうとしているあの部屋に、次の住民(名杙統治)が住むことになろうとは。

 終わりました。

 終わりました!!

 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。ここで少しだけ、今回のエピソードについて語らせてください。


 蓮と心愛が見たのは、『Sparkling of Life』というイベントです。(http://www.uminomori.jp/umino/2022sol/index.html)

 水族館といえばイルカショーなのですが、この2人を会話させるには派手なイベントだったので……いつかどこかで、イルカショーにはしゃぐ2人を書くことができれば、いいなぁ。心愛の誕生日を目指すか……!!(予定は未定です)

 蓮と心愛という組み合わせは、以前から何とかうまいこと転がせないかと画策しておりまして。今回、きっかけを作ることには成功したので、あとはどう転がっていくのか……見守りたいと思います。お兄様はステイです。

 まさか、自分のリアル誕生日の前日に終わらせることが出来るなんて。やはりこの作品は『持っている』、そんな不思議なチカラを感じます。


 そして、ユカと政宗に関しては……特に進みも後退もしていません。頑張れ支局長。蓮でいた間は絶対にユカに自分から触れにいかないマンだったのですが、それを(酔っているとはいえ)彼の口から言わせると情けなさすぎると思ったのでやめてあげたんだよ。伊達先生のように「へーーーーーほーーーふぅぅん」って思いながらな!!


 このお話のネタ自体は、多分、2019年とか2020年とか、そのあたりからありました。書き上げるまで時間がかかってしまったし、この間に私自身の環境が激変し、創作をやる時間も余裕もなくて、何も書けないまま日々のタスクをこなしていました。そして、本当にたくさんの人に迷惑をかけてしまいました。何を言っても言い訳ですが、心から申し訳なく思っています。

 続きが書けないと思っていた物語。それをこんな形で仕上げることが出来て、次への力を少しずつ充電し始めているのは……この『エンコサイヨウ』という作品に関わってくれた方、読んでくださっている方、多くの贈答物、これら全てのおかげです。本当にありがとうございます。もしも感想やご意見などありましたら、『なろう』内のメッセージフォームか、メールアドレスからどうぞ。

 8幕は前を向き始めた統治の自尊心をバッキバキにへし折る話になります。時間がかかってしまうと思いますが、また、更新を始めた際には、お時間がある時にでも読んでやってください。

 ここまでお読みくださって、ありがとうございました。まだまだ心から安心出来ない日々が続きます。お体に気をつけて、また、杜の都でお会いしましょう。

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