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エピソード1:Thursday/ハコモノチェンジ

挿絵(By みてみん)


 危険性を認識していなかったわけではない。

 前例がない事象でもない。

 ただ……こんなところで『発生』するなんて、誰も思っていなかったのだ。


「……はぁ……」

 呆れと諦めが混じった彼女のため息は、事務所内に響いて霧散する。

 10月下旬、日中とそれ以外の気温差が徐々に開き始め、杜の都にも紅葉のシーズンが訪れようとしていた頃。

 週も後半の木曜日、時刻はまもなく17時。立ったまま腕組みをしていた山本結果は、『東日本良縁協会仙台支局』内にある応接用のソファに問題の二人を座らせた後、先程のため息をついたところだ。

 今日の彼女は長袖Tシャツとチノパンという比較的にラフな格好を、ロングカーディガンで覆い隠している。頭にはいつものキャスケットが鎮座しており、全てが平常運転中。ただし、目の前の彼ら以外は。

 ユカは黙したままの2人を見下ろすため、視線を改めて正面へと向ける。

「で……なしてこげなことになったと?」

 彼女の視線の先にいるのは、とっても普通(・・)で中性的な少年――名波蓮だ。今日は本来出勤の予定ではなかったため、女装はしていないノーマルモード。ちなみにその隣りに座っているのは、スーツ姿の佐藤政宗である。

 本来であれば蓮の姿での立ち入りは禁止されているのだが、いかんせん緊急事態だ。ユカの近くには名杙統治も待機しているので、万が一彼が不穏な動きをすれば、統治のペーパーナイフが容赦しないだろう。

 もっとも……今の彼(・・・)がこの場で何かを起こすことは、まず考えられないけれど。

 ユカの問いかけに対して、2人は視線を合わせることもなく……ひたすらに無言を貫いている。

 さすがにちょっと、腹立たしい。

「2人とも、黙っとっても何も分からんよ。どっちでもよかけんが、何か言わんねって」

 こめかみを引きつらせるユカを座ったまま見上げたのは、珍しく蓮の方だった。眼鏡越しの瞳が困惑気味に彼女を見上げ、そして……。


「……そんなことを言われても……俺達(・・)だって困惑してるんだ。そんなに追い詰めないでくれよ、ケッカ(・・・)


 まるで隣に座る政宗のような口調で言葉を発した蓮に、政宗が初めて心底嫌そーな視線を向けた。そして。


「……()は巻き込まれただけです。言いがかりはやめてください、山本さん(・・・・)


 まるで隣に座る蓮のような口調で言葉を発した政宗に、ユカは「はー……」と、カウントを放棄した大きな大きなため息をついた後、斜め後ろに立っている統治を見やる。そして、

「どげんすっとね、統治……この2人の『因縁』、盛大にこんがらがって人格まで入れ替わっとるっちゃけど……」

 ユカの言葉に統治もまた、浅く息をついた後……数十分前のことを思い返し、目を伏せた。


 数十分前、統治は政宗と共に『仕事』を1件終え、仙台市中心部のマーブルロードおおまち商店街を、『仙台支局』がある仙台駅の方へ向けて歩いていた。

「あー……今日もよく働いたなー……」

 少し疲れた表情で肩を動かした後、政宗は軽くこめかみをおさえる。

「佐藤、大丈夫か?」

 普段以上に疲労の色が見える政宗を気遣って統治が声をかけると、政宗は頭を振って苦笑いを浮かべた。

「あぁ……何とか。でも、今日はもう店じまいしたいところだな」

 平日の夕方ということもあり、学生の姿も多い。楽しそうに談笑しながら通り過ぎる女子高生の集団をチラリと目線で追いながら、政宗はふと、昨日のことを思い出す。

 自分と同じように疲れていた彼女は、今日を無事に終えることが出来ただろうか?

「里穂ちゃん、今日、ちゃんと起きれたかな……統治、何か聞いてないか?」

 彼の問いかけに、今度は統治は軽く首を横に振った。

「テスト前に一夜漬けなんで非効率的なことをやるからだ。仁義がいた頃はもう少しマシだったはずなんだがな……」


 それは、遡ること更に24時間前。

 『仙台支局』に提出物を出しに来た名倉里穂は、全てにおいて満身創痍だった。

「政さーん……これ、置いとくっすー……」

 普段の快活な彼女からは程遠い、うつろな眼差し。フラフラした足取りの里穂から報告書の入った封筒を受け取った政宗は、困惑した表情でその理由を問いかける。

「あ、ありがとう……里穂ちゃん、大丈夫? どうしたの?」

「大丈夫っす……明日までっすから……」

「明日……あぁ、今はテスト期間だっけ」

 里穂の高校が中間考査の時期だったことを思い出した政宗は、目をこすりながらあくびを噛み殺す里穂に、ポケットの中に入っていたキシリトールのガムを手渡した。

「とりあえずコレでも食べて、頑張って家に帰ってね」

「ありがとうっす……」

「ハハ、学生さんは大変だね。勉強だったら、仁義君に教えてもらえばいいんじゃないの?」

 政宗の言葉に、里穂はガムを噛みながら首を横に動かした。

「ジンも明後日までテスト期間なんっすよ……編入して、初めての大きな試験っすから……邪魔したくないっす」

「そっか。だから片倉さんも休みだった気が……」

 頭の中でバイトのシフトを思い出した政宗は、先程よりも目が開いた……ような気がする里穂を見やり、口元に笑みを浮かべた。そして。

「里穂ちゃんもあまり根を詰めすぎないようにね。明日、寝坊なんかしたら本末転倒だよ?」

「分かってるっすよー……今日は早めに寝るっす……」

 既に眠そうな里穂の言葉には、妙な説得力があって。政宗も肩をすくめつつ、里穂から受け取った書類を自分の机に置いた。

「それがいいと思う。明日は何のテストなの?」

「明日は世界史と数学Aっす……」

「数学A……ああ、ユークリッドの互除法とか?」

「ユー……なんとか……えぇっとっすねぇ……」

「あ、なんかゴメン。とにかく頑張ってね」

 そう言って彼女を見送り……今に至るのだ。

 先程すれ違った女子高生は、妙に明るかった。もしかしたら、里穂と同じくテストを終えたのかもしれない。今はすれ違う人全員に「お疲れ様」と言いたい気分だ、

「学生さんはテストテストって大変だよなー。世界史って覚えることも多いし……俺、最終的に暗記が無理で地理にしたんだよ」

「……そうか」

 しれっと言い放った政宗に、統治が言いかけた言葉を飲み込んで頷いたところで……見慣れた人物の姿を見つけ、反射的に立ち止まった。

「統治、どうし――」

 政宗も統治がいた方を見やり……前方から歩いていくる彼に、軽く目を細める。

 両名からロックオンされてしまった彼――名波蓮は、流石に無視するわけにもいかず、二人の前で立ち止まることとなった。

「……お疲れ様です」

「お疲れ様。蓮君もテスト勉強?」

「えぇ、まぁ……そんなところです」

 蓮が市立図書館の自習室を使って勉強していることは、里穂や仁義、心愛からの情報で政宗も把握していた。恐らく今回もその帰りなのだろう。こころなしか、普段よりも目の奥が疲れている気がする。

 2人が相対する姿に、統治は周囲を伺いつつ、いざという時のために人知れず気を引き締めた。


 政宗と蓮は、これまでに色々あって……互いに背を向けて生きていた。年下の蓮に対する政宗の態度には、時に若干の大人気なさを感じることもあるが……それを見守る統治もまた、政宗の感情は理解出来るため、口を挟むことはない。

 蓮もまた、政宗の抱く感情はもっともだと思っているので、不条理とは思ったとしても口に出すことはない。


 約半年前の蓮は――政宗の大切な人を殺そうとしたのだから。


 とはいえ、最近の政宗は蓮に対してもいくぶん態度が軟化してきたように感じる。それは8月、9月、10月上旬、と、立て続けに蓮の助けを――蓮だけではないのだが――借りることがあったから。

 彼を許すことは出来なくても、頑張りを、歩みを、評価することは出来る……そう思い始めたところだ。勿論、本人の前で口に出すことはないけれど。

「学生さんは大変だね。ちゃんと食べてる?」

「それなりにやってますので大丈夫です」

「そう、それは良かった。じゃあ、頑張ってね」

 そんな、当たり障りのない会話の後、両者はすれ違ってそれぞれの場所へ戻ろうとしたのだが……。


「――っ……?」


 再び歩き始めた政宗が、数歩進んだところで頭に手を添えて立ち止まった。その横顔に一切の余裕はなく、軽く歯を食いしばって、何かに耐えているようにも見える。

「佐藤?」

 政宗の異変に気付いた統治が立ち止まり、彼の名前を呼んだ。政宗は彼の問いかけにぎこちなく視線を向けると……困惑した表情で彼を呼ぶ。


「名杙、さん……!?」

「は?」


 政宗が統治を名字で呼ぶのは、仕事中に必要な時だけだ。今は確かに仕事中だけど、堅苦しい現場ではない。何よりも敬称は付けないし、数分前までは普通に下の名前で呼んでいたのに。

 ふざけているのか? いや、その可能性はゼロではないだけで限りなく低い。他に原因があるとすれば、それは――

「まさか……」

 統治は恐る恐るまばたきをして、視える世界を切り替えた。そして、政宗の『関係縁』や『因縁』を確認して……一箇所、盛大に違和感が混在している箇所があることに気付く。

「『因縁』が絡まっている……相手は……」

 主に人間の『人格』に影響を与える彼の『因縁』に、別の人間の『因縁』が絡みついていた。嫌な予感がするまま、統治は絡みついた『因縁』の先にいる人物を確認して……数メートル先で立ち止まっている彼の方へ、静かに近づいていく。そして。

「……今はこっちが佐藤なのか?」

 統治の問いかけに振り向いた蓮は、嫌悪感丸出しの表情で頷いた。


 ……という経緯を聞いたユカは、「理解出来ません。」と言わんばかりのジト目で統治を見やる。

 そして、認識した内容が正しいかどうか確認するために、とりあえず口に出す。

「はぁ……つまるところ、商店街で会ってすれ違っただけで『因縁』が絡まって人格が入れ替わるとか……この2人何なん? そげん仲良しやったとね」

「俺に聞かないでくれ」

「にしても……どげんしたらよかと? 無理やり切ってつなげるわけにもいかんし……」

 ユカもまた視界を切り替え、2人の現状を目の当たりにして……顔をしかめる。

 未婚の人間が持つ『因縁』は2本。今回はその両方が水引のごとく絡まっており、解くために干渉するとどちらかの人格を破壊しそうなレベルで密接している。

 とはいえ、同化しているわけではない。『縁』は生き物、よほどのことがない限り……緩みやほころびが生じていくものだ。よほどのことがない限り。

「下手に干渉せんで、自然に解けるのを待つのが一番やろうけど……統治、どげん思う?」

 ユカの言葉に思案していた統治は顔を上げると、顎に手を添えつつ、己の見解を述べる。

「2人を物理的に引き離して様子を見るのが一番だろうな。とはいえ、一朝一夕で解決するとは思えない」

「だよねぇ……2人とも我が強いけんが、自分から引き下がらんで余計にこじれそう」

 刹那、連(中身は政宗)と政宗(中身は蓮)が、ユカに不服そうな目を向けた、それを受けた彼女は「ほらやっぱり」と鼻で笑いつつ、思案を巡らせる。

 今は木曜日の夕方。何とか明日を乗り越えれば週末だ。最悪、週末に名杙本家の力を借りて解決すれば、週明けには全てが元に戻っているはず。戻っていないと困る。色々な意味で。

 ユカは政宗(中身は蓮)に視線を向けると、とりあえずの予定を確認してみることにした。

「とりあえず名波君、明日って学校は休めそう?」

 彼女の問いかけに、政宗(中身は蓮)が軽く目を伏せて言葉を濁す。

「それは……まぁ、最悪、休むことが出来なくもないですが……」

「歯切れ悪かね。なんかあると?」

「明日まで中間考査なんです。欠席の生徒への措置はあったかと思いますが、未確認なので……」

「なるほど。テストかぁ……」

 自分達では如何ともし難い問題がやってきたので、ユカも思わず眉間にシワを寄せた。そして……とあることに気がつく。

「政宗の顔と声で敬語使われるげな、珍妙な気分やね」

「それは……その、すいません」

「ちょっと名波君にケッカ、聞き捨てならないんだが!?」

「うわぁ野蛮な名波君。それはさておき、テストかぁ……統治、どげんする?」

 学生である蓮にとって学期に2度のテストがいかに大切なものなのか、さすがのユカでも多少は理解している。ユカは再度統治を見上げ、政宗側の予定を把握している彼の指示を仰ぐことにした。

 思案していた統治は顔をあげると、ポケットからスマートフォンを取り出す。そして、

「2人とも、早速だが……仕事で使っているスケジュール管理アプリに、とりあえず日曜日までの予定を事細かに入力してくれ。ここに入力してあれば、俺と山本で共有することができる。名波君であれば、明日の何時間目に何のテストがあるのか、佐藤であれば、明日の何時に誰と会う予定だったのか、そういった情報も共有しておきたい」

 彼の指示に、蓮(の姿をした政宗)と政宗(ry)は各々頷くと、それぞれにスマートフォンを取り出して予定の入力を始めた。統治はその間に「木曜午後は休診だったはず……」とひとりごちると、スマートフォンのアドレス帳から『ある人物』を探し、発信する。

 未成年の外泊、その他諸々には、保護者の同意が必要なのだ。


 数十分後。

「全く……君たちは本当に自分を飽きさせないね」

 統治の呼び出しで参上した伊達聖人は、ふてくされたまま座っている2人を見下ろして、いつもの笑みを浮かべる。今日の彼は黒の上下スウェットというリラックスしまくった格好で、ユカには飄々とした雰囲気と胡散臭さが誇張されているように見えた、気がした。

 そんな彼に、統治が軽く頭を下げる。

「伊達先生、ご足労いただきありがとうございます」

「問題ないよ。無関係な不幸な事故の無責任な傍観者になれる伊達先生は、ウッキウキしてるからね」

「そ、そうでしたか……」

 聖人の「ッ」に盛大な悪意を感じつつ、統治は「とにかく」と咳払いをして、場を仕切り直すことにした。

「とりあえず、明日の夕方までの対策を考えたい。2人の予定は把握した。佐藤、名波君の予定はこなせそうか?」

「え?」

 刹那、佐藤と呼ばれた蓮(中身政宗)は条件反射で顔をあげ、呼ばれたのが自分かどうかを統治に目線で確認する。そして、彼が頷いたことを確認し、改めて、彼の言葉の真意を問いかけた。

「統治は俺に、高校生としてテストを受けろって言ってるんだよな?」

「ああ。予定では、明日のテストは地理だけ、残りは通常授業だそうだ。受験と違って範囲が決まっているから、名波君のノートを見直して対策をすれば、変な点数にはならないだろう」

「簡単に言うけどな……高校1年生って何年前だと思ってるんだよ」

「なんだ、出来ないのか?」

「その言い方がムカつくよなぁ……」

 自分を煽るような統治にジト目を向けた後、蓮(政宗)は隣に座っている政宗(蓮)を見やり、

「蓮君的にも、明日のテストって受験した方がいい感じ?」

 その問いかけに、政宗(蓮)は迷いなく頷いた。

「そうですね。僕は2年生の選択科目で地理を選びたいと思っているので、欠席もしたくないですし悪い点も取りたくないです」

「何気にプレッシャーかけるのやめてくんないかな……ちなみに地理の教科書ってある?」

 蓮(政宗)の言葉に、政宗(蓮)は、蓮の脇に置いてあるトートバックを指さした。

「その中に入っています。付箋が貼ってある範囲です」

「了解。見てもいい?」

 政宗(蓮)が頷いたことを確認した蓮(政宗)は、カバンの中から教科書を取り出した。そして、テスト範囲をパラパラとめくると、何度か軽く頷いて。

「……なるほど。多分、何とかなる。蓮君の頭に情報が入っているからなのか、すんなり理解できるな……」

 しれっと言い放った蓮(政宗)に、ユカは思わず目を丸くした。

「え、本当に?」

「ああ。と、いうわけで統治、俺は明日、男子高校生なれるぜ」

 教科書をパタンと閉じた蓮(政宗)に、統治は軽く頷いて同意した。そして次に、政宗(蓮)を見やる。

「佐藤の明日の予定は全て週明け以降にずらすことが出来そうだ。名波君には明日ここで、事務仕事を片付けてもらうことにしようと思う」

「分かりました」

「あと、不測の事態に備えて、近くに『縁故』がいる状況を作っておきたい。名波君、もとに戻るまでは名杙の離れで過ごしてくれ」

「分かりました。よく知っている場所なので気が楽です」

「それは何よりだ。あとは明日、佐藤が学校にいる間は……」

 高校生2回目とはいえ、立ち入ったことのない学校でどう立ち回るか。

 頭の中で人員候補を呼び出していた統治に、ユカが「それは」と軽く手を上げて進言する。

「仁義君にサポートで入ってもらうしかなかっちゃなかと? 心愛ちゃんの中学校やったら、統治がおっても不自然じゃないっちゃけど……」

「やはりそうなるな。山本、すまないが仁義へのメール連絡を頼みたい」

「了解。名波君……の姿をした政宗は、自分の部屋に帰って過ごすってことでよかと?」

「ああ。2人は物理的に引き離したい。ただ、先程のことを考えると、名波君の脳に佐藤の部屋の内部や機密情報が記憶されてしまう可能性がある。万が一に備えて、佐藤の私室ではなくリビングで過ごすようにしてほしい」

「了解」

 ユカは首を縦に動かした後、自身のスマートフォンを操作して、仁義へ送るメッセージを作成した。

 そして……。

「……仁義君がこのメッセージ見たら、あたし、夢と現実を混同しとるとおもわれんやか……」

 胸に去来した不安は、苦笑いと一緒に送信をボタンを押して手放してしまおう。

 自分は今から、そんな非現実的な事件を解決まで導かなければならないのだから。


 その後、名杙家の受け入れ準備をするため、統治は一人で先に帰宅することとなり。

 聖人の運転で『仙台支局』を出発した4人は、まず、蓮が使っている利府町のワンルームへ向かった。

 目的は、蓮(政宗)が使う当面の着替え等、彼として生活するために必要な道具を手に入れること。それが終わったら政宗の部屋に移動して荷造りをした後、ユカと蓮(政宗)は部屋に残り、政宗(蓮)は聖人の運転で名杙に向かうという流れだ。

 帰宅ラッシュの落ち着いた利府街道(幹線道路)を、車はスムーズに進んでいく。

 すると、政宗の姿で助手席に座っている蓮に、後部座席の蓮(政宗)が軽く身を乗り出して問いかけた。

「蓮君の学校は私服通学だったよね」

 この時間を使って確認しておきたいことがある、そう表情で訴える蓮(政宗)に、政宗(蓮)もまた首肯して。

「そうです。カバンや靴の指定もありませんが、華美なものは注意されます」

「スマホの持ち込みってOK?」

「自己責任の範囲内で可能ですので、バイブレーションも切ったマナーモードでお願いします。ただ、昇降口や教室の場所等を口頭で説明して、通じるかどうか……校内図なんて持っていませんし……」

「じゃあ、仁義君と待ち合わせでもして連れて行ってもらうよ。了解。テストで満点を取るのは問題ない?」

「取れるのであればどうぞ。僕は困りませんので」

 蓮(政宗)の嫌味をしれっと返す政宗(蓮)は、「僕からも確認していいですか?」と前置きをして。

「もしも、仕事用の携帯電話に電話がかかってきた場合はどうすればいいですか?」

「あー……」

 刹那、蓮(政宗)の表情が少し曇ったように見えた。しかし彼はすぐに頭を振って、その口元に軽く笑みを――蓮がほとんどしない表情を――浮かべる。

「統治が近くにいれば、統治に発信者を見せて指示を仰いでね。統治が近くにいない場合は出なくていいよ。用事がある人は留守番電話に用件を吹き込むはずだから、それを統治に聞かせて。万が一発信が必要であれば俺が台本を作るから、抜群の演技力で演じきってもらおうかな」

「了解しました、佐藤支局長」

 あえて華蓮の口調で返答した政宗(蓮)に、蓮(政宗)は苦笑いで肩をすくめた。

 そして、そんな2人のやり取りを間近で見ていたユカは……一つの仮説を組み立てる。


 この2人、ひょっとして……この現状を楽しんでいるのでは?

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