イメチェンなんて望んでない…
「母さんー!太陽が帰ったぞー。」
「まあまあ、ずいぶん大きくなったねぇ太陽!…大丈夫?」
これが大丈夫に見えたらかなりすごいと思う。
それと、そんなに大きくなっていない。秋斗兄さんに比べたら…ね。
あれから家までひたすら全力ダッシュで連れてこられ俺、街で乗り物沢山乗ってたはずなんだけどな…、久々に乗り物酔いした…。
「母さん…、久しぶり。いや、ちょっと酔っちゃっただけなんだ。」
そういうと母さんはハッと気づいたと言わんばかりの顔をして、秋兄さん見てこう言った。
「また全力で自転車漕いできたの?近所の人にぶつかったらどうするの?」
…母さんは怒るとすごく怖い。漫画だったら背景にズモモモモ…というのがついてくる感じだ。
「いやだって、早く太陽と母さんを会わせたかったんだ。」
「気持ちは嬉しいけど…、周りの人をもっとちゃんと見て動かなきゃだめでしょう。」
これはしばらく長引きそうだ。
俺は2人を放って自分の部屋へ向かう。階段を上がって
扉を開けると山積みの荷物の段ボールが…、なんてことはなく、荷物は箱三つだけだ。
衣類に、それから趣味の道具。
俺は絵を描くことが好きだ。
キャラクターから大きなもの小さな小物まで、色々なものを描く。
最初は上手くできないけれど、できた時はすごく嬉しくて。
あまり趣味と言えるものが無い俺の唯一自慢げに言える趣味だ。
「…そういえばタマ、元気かな。」
階段を降りて庭に向かう途中、秋斗兄さんの様子を見ながらきた。しっかり怒られて反省中のようだ。
あそこまで怒られるとわかってて怒ると怖い母さんに挑む姿は、逆にカッコいいとすら思える、なんて。
「ニャア」
「お、タマ。元気してたか?しばらく見ない間に太ったなぁ。」
タマは俺が家を出た時、まだ子猫だったのに、こんなぽっちゃりボディになっちゃって…、最高だな。
わしゃわしゃしながら癒されていると、さっきまで落ち込んでいた秋斗兄さんがやってきた。
手にはハサミとビニール袋…
「俺ちょっと出かけてくるから」
「まーて待て待て、今回は、今回は失敗しないからー!」
…昔から秋斗兄さんは俺の髪を切る担当だったのだが、あまりに下手すぎて黒歴史になったこともあるので出来るだけ避けたかったが、今回は無理そうだ。
大人しくビニールをかぶって鏡の前の椅子へ。
「太陽お前、めちゃくちゃ髪モサモサだな!切ってなかったのか?」
失礼な、しっかり美容院行ってたよ。
という意味を込めて鏡越しにジト目で返した。
「まあそうイライラすんなって、目瞑ってろよー。イメチェンタイムだ!」
嫌な予感しかしない。
俺の髪にハサミが入ってく、そして、
「ジョキッ」
え、ちょっと待って、明らかに切りすぎな音。
「ジョキッ、ジョキジョキッ」
待って待って、流石に切りすぎ…。
「ジョキジョキジョキジョキ!」
「〜もう無理だから!目開けるから!!」
「お!おう。」
恐る恐る鏡を見る。すると…
「太陽、さっぱり大変身ー!イェイ⭐︎」
俺の髪は…、いわゆるベリーショートというレベルになっていた。
「…秋斗兄さんのバカ」
「バカ!?」
現実を受け止めたくなくて、思わず悪口が出たが、仕方がないと思う。
多少、多少の印象は変わったが、俺はこの髪型で1週間後から学校に通うのだ。
…もういっそ別人レベルに変わらないかな。
そんなことを、つい思った。
「太陽〜、お客さんよ。」
え、俺に客?誰だろうか。帰ってくることは誰にも言っていない、心当たりもない。
小走りで来てくれた人の元へ向かい、途中でお母さんに髪をいじられたりしながら玄関にたどり着く。
目の前にいるのは、1番想定していなかった人だった。
「…太陽くん久しぶり。小2の時以来、かな。」