魔王のお約束
3日以内に投稿し続けることを目標に頑張ります。
魔導兵団特別部隊、その拠点。
シレニア王国の王都に建てられた、貴族が住まうような住居すらかわいいと思えるほどの威厳を醸し出す豪勢な屋敷の中に、僕はいた。
ここで何年過ごそうと、元々村で静かに暮らしていた田舎者にとってこのような煌びやかな空気は中々慣れそうにない。
すーっと、深呼吸して重々しそうな扉をノックする。中にいる筈の人物からは相変わらず返事がないので、「失礼します」と口だけの許可を取りながら入室した。
「戻ったか、無事でなにより」
「いるんだったら返事してくださいよ、ルシアさん」
部屋の中で本に目を通していた女性につい嘆息したくなる。彼女は僕が来ても尚、本に目を向けたまま会話を続けようとする。
「それで、首尾は?」
「どうせどこかで見ていたんでしょう?わざわざ言う必要あるんです?」
「ほお、よく分かったね。流石私の自慢の弟子だ」
「だってそうじゃないと監視にならないじゃないですか」
話しているのは僕が担当した魔導兵団としての任務の内容だ。僕は特殊な立場なだけに重要な仕事は任せられないらしく、溢れてしまったものやルシアさんが斡旋するものしか受けることが出来ない。楽っちゃ楽だけど。
「つつがなく終わりましたよ。ダッシュボアの群れの討伐」
「お疲れさま。最初興奮して私に襲い掛かってきたのが懐かしいね」
「誤解招きそうな言い方やめてくださいよ!まったく、他に聞いてる人がいないからって……」
「私は君を気に入っているからついからかいたくなってしまうんだ。しかし、ふふ……。」
突如として本から僕に目を移したルシアさんの目が細められる。それは色んな意味で危ない大人がするような、妖しい光を秘めていて……。
「実に逞しく育ってきたじゃないか、シグ?」
「失礼しましたっ!!」
何故か悪寒がした僕は速攻で翻し、退室しようとした。そんな僕をルシアさんは止めずに告げる。
「部屋で休んだらまた来てくれ。大事な話があるんだ」
その言葉に返事をする余裕もない程急いでいた僕は強めにドアを閉める。バタン、と音を立てた後に冷静さを取り戻すために深呼吸した。そしてルシアさんの用件について首をかしげる。
「大事な話……、一体なんだろう?」
まさかまた変なこと言い出すんじゃ……。
まあ考えても仕方ないし、ありがたく休ませてもらおう。最近任務が続いて地味に疲れたし。
そうして僕は自室へ向かった。
ルシアさんと出会ってから6年が経過した。
年齢は15歳になったことで身長も伸び、身体も彼女に鍛えられて大分引き締まっている。先程なぜかそのことに身の危険を感じたけれど、まあ置いておこう。
これまでの6年で僕がしてきたことは、ルシアさんとの鍛練で魔力の制御を身に付けること。それが実用的なものになれば魔導兵団の一員として任務を遂行すること。大まかに説明するとこの2つだけだ。
特に魔力制御の鍛練が過酷なものだった。ルシアさんが色々指導してくれてたんだけど、僕の要領が悪いせいで何度も暴走しかけたり不発だったりで、その度にルシアさんにぼこぼこにされた。今なら断言できる。鍛練より任務の方が圧倒的に楽だって。
そんなルシアさんと僕は6年間、上司と部下兼師弟としての関係で付き合ってきた。
それで色々分かったこともあるし、分からないことも多い。
例えば、ルシアさんは他国の出身とのこと。
僕と出会うよりずっと前から旅をしていて、途中でこのシレニア王国を訪れて再び旅立つ予定だったけど、ルシアさんの強さを知ったこの国の王様や軍の上層部があの手この手で引き留めようとしたらしい。もしかしたら僕と彼女が住んでるこの屋敷も、王様たちの贈り物なのかもしれない。
だけど腑に落ちない。ルシアさんは金銭や地位を求めるような価値観をしていないからだ。この国に留まったのは別の理由がある、と僕は思っている。
まあこれ以上僕が質問してもルシアさんははぐらかすし、他人が答えたくないことを詮索しすぎるのも悪いから何も訊かないけど。
次に特別部隊について。
名前からしてどんなことをさせられるんだろう、どんなすごい人がいるんだろうって緊張していたんだけど……、驚くことに僕とルシアさんの二人だけで構成されていたんだ。
つまり僕が来るまでルシアさん一人で特別部隊を担っていたことになる。どうしてそんなことにって疑問に感じていたけど、何となく理由は察した。
ルシアさんが特別な立場ってこともあるかもしれないけれど、彼女が他の魔導兵団員を隔絶した強さだからだ。他の部隊に入れてしまうとパワーバランスが崩壊してしまうし、彼女一人で部隊級の戦力を賄えてしまうから、なんじゃないかと思っている。
後は僕のように素質はあるけど――――自分で言うのは恥ずかしい――――訳ありな人材を管理するために設けられた部隊じゃないかな。
自室で休憩を取り、再びルシアさんのいる部屋を訪れると、彼女は真面目な顔つきで聞いてきた。
「シグ。君は自分の扱いをどう思っている」
「えっ?なんですかいきなり」
「どう思っている」
なんか予想だにしない質問をされたな。てっきり以前のように、「他の部隊に喧嘩売りに行ってくる」なんて物騒なことを口走るんじゃないかってひやひやしてたんだけど。
「まあ……、正直窮屈ですよ」
「だろうね。むしろ遠慮なんてしたら、つい手を出してしまうところだったよ」
僕の言葉にルシアさんは機嫌が良さそうに微笑んだ。え、ちょっと待って?「今のままで充分ですよ」とか答えたら僕なにされてたの!?
「君が魔導兵団になって既に6年が経った。だがやってきたことと言えば魔力制御と雑用レベルの任務のみだ」
「雑用は言い過ぎじゃ……」
「あまりにもったいない。君はもっと過酷な戦場で輝くべき魔導師だ。このまま監視されながら燻っていいハズがない」
僕そこまで戦いに飢えてないんだけど……。それにここ最近大きな戦いなんて起こってないし。
この間も平和な一時をつまらなそうにして、「いっそのこと私が世界に宣戦布告しようか。異名の通りに」とか呟いてたじゃないですか。思い返すとこの人本当に危ない発言ばっかしてるな。
「そこで確認なんだが、シグ。君はもう15歳だな?」
「あ、はい。それがどうしたんです?」
「……実は前々から上層部に進言していたんだ。君がもう暴走しないことを証明すれば、危険人物として扱うのを止めてはどうかとね」
そうだったんだ。ルシアさんは僕の知らないところで動いてくれていたんだ。でも、どうやって証明するんだろう?内心で疑問に思っていると。
「ということで、シグ。君には近々王都の学園に通って貰う」
「……へっ?」
「学園生活だよ。君が国に無害であることを知らせるには他人との交流を続けること。これが手っ取り早い方法だ。我ながら妙案だと思うんだがね」
やや自慢げに自分の案を話すルシアさんに、僕は嫌な汗をかいていた。
ちょっと待って。学園?交流?
「待ってくださいルシアさん……!そんな急に言われても困りますよ!」
「ほぉ?珍しいね。君がはっきりと断るなんて」
少々不愉快そうにする、何よりも怖い師匠を前にしても僕は主張を曲げなかった。
「僕、昔から初対面の人と話すのは得意な方じゃないですし、頭だって良くないですし……」
「私と会ったときは普通に喋れたじゃないか」
「それは……、ルシアさんは大人ですし、年の離れた人は平気っていうか……」
「君の感覚って時折おかしく感じるね」
かつてすんでた村では僕と年の近い人って少なかったしなぁ。
「まあ要するに、学園で上手くやっていけるか不安ってことだね?」
「はい。ですから……」
「だが断る」
「何でですか!?」
「むしろさらに駄目押しをしよう」
ルシアさんはとんでもない宣告をしだした。
「もし君が学園で問題を、具体的に言えば暴走して学舎を破壊したり、誰かに命に関わるような傷を負わせた場合は、君は処刑され、連帯責任として私も罰則を受ける羽目になる」
「……」
「そしてこれは命令だ。君に拒否権はない。……やれ」
きっと鏡を見れば滑稽な顔をしているんだろうな。そんな言葉を漠然と思い浮かべながら停止する。
軽く現実逃避をしていた僕の襟首がルシアさんに掴まれ、引き摺られる。向かう先は僕の部屋だろう。
「さあ善は急げだ。学園には試験もある。君だけ特別という訳にはいかないからね。試験までの一ヶ月、徹底的にしごいてあげようじゃないか」
「い、嫌だ!そんな事をしたら死にます!国に処刑される前に死んでしまいますから!!」
僕の哀願を無視して部屋を出るルシアさんはただ絵画に描かれる美女のような慈悲深そうな微笑みをするのみ。
僕には無慈悲な表情に蒼白になりながら1つの真実を悟った。
魔王からは逃げられないんだと。
こうして、僕の命を賭けた学園生活が始まることになった。