3.ログイン
ゲーム機に電源を入れると視界の正面に映し出された『loading』の文字。その文字が流れ始めて数秒、視界はあっという間に暗闇に変わり、地面が底から抜けるように、意識は真下へと落下していった。
悲鳴を上げる事すら出来ず落ちていく意識の中、俺は重要な事実に気がつく。
『発売日・・・明日だったぁああ!!』
―――――
―――
――
意識が戻る。
それはごく自然の動作で、まるで現実のように、両目が瞼を持ち上げる。
開かれた視界に映し出されたのは、牢屋のように閉鎖された四方の土壁。入り口の無い無機質な部屋の中央に俺は立っていた。
「ここは・・・?」
何か手がかりとなる物が無いか手当たり次第壁を触れるが、現実と変わらないひんやりとした土の感触以外に得られた情報は無かった。
そんな最中、部屋の中央に違和感を覚える。
それは、ちょっとした違和感。疲れ目に一瞬視界が歪むような。そんな些細な空間の歪み。錯覚なのではと思った直後、空間の歪みは大きくなっていき、やがて、一つの大きな暗闇へと姿を変えた。
あまりに現実離れした出来事に呆気にとられながらも、ここがVR空間であることを思い出し、警戒心を向ける。
「い”っ!!?ゾンビ!!?」
その暗闇から出てきたのは一本の腕。まるでパニック映画のような出現に悲鳴を上げてしまう。
「全く、誰がゾンビですか」
「・・・へ?」
暗闇から聞こえる女性の声に驚いていると、出現した腕に引きずられるように、足、胴体と次々とその姿が露わとなっていく。
それは思わず目を引くような綺麗な女性。白く透き通った肌に、少し垂れ気味の藍色の大きな瞳。肩まで伸ばした浅緑の髪には透明なスカーフが巻かれていた。
徐々に露見していくその身体にはいかにも上質そうなシルクのローブを纏っており、どこか貴族のような風格さえ感じさせた。
そんな女性の最大の特徴。それは、およそ現実世界に存在しないであろうほど長く、先端の尖った耳だった。
「・・・エ、エルフ・・・?」
「どうやら、目が覚めたみたいですね。チーターさん?」
円状の暗闇から姿を現したエルフの女性は、こちらを糾弾するわけでも無く冷静な口調でそう言った。
笑みすら浮べるその表情に先ほどとは別の恐怖を感じる。
「ま、待って下さい!!俺はチーターじゃありません!!」
今にも襲いかかってきそうな程の殺意を感じた俺は両手を胸の前で振りながら、必死に自分の無実をアピールする。
「それを、私が信じるとでも?発売日は明日です。明日まで、ユーザー様はこの世界にログイン出来ないようになっているはずですが?それこそ不正な方以外、ですが」
「お、俺だって何が何だか・・・。ゲームを起動したのは俺ですけど、気がついたらここに・・・」
「つまり。自分は無実だと?」
「は、はいっ!そうですっ!」
「分かりました。では・・・」
そう言うと、彼女の両手が俺のこめかみへと触れた。
「な、何を・・・?」
「調べさせて、いただきますねっ」
その瞬間、電流が流れるような激痛が脳内を走る。あまりの頭痛から悲鳴が漏れる。
しかし、その激痛は文字通り、電流のような一瞬の出来事だった。
「・・・あ、・・・あれ?」
痛みが尾を引くこともなく、あまりの一瞬の出来事に混乱していると、すでにエルフの両手は俺から離れていた。
「ご協力感謝します。あなたのゲームデータ、及びログイン履歴を確認したところ、何の問題も見つかりませんでした」
「じゃ、じゃあ。これで疑いは晴れたってことで良いですか?」
「いえ。いくら、問題が見つからなかったとはいっても今ユーザー様がログイン出来ているという状態が異常であることには変わりありません。ですので、今から上に連絡を・・・」
そう言いながら、右手を自分のこめかみに当て、通信を図ろうとする彼女。
そんな彼女の腕を俺は慌てて掴む。
「な、なにをっ!?」
「ごめんなさい!でも、連絡はちょっと待ってもらえないでしょうか?」
「な、何を言っているのですか!?あなたも予期していない出来事であるなら、止める必要はないはずでは?明日、正式なリリース日にまたログインなさってください!」
そう言い、強引に引き止める俺を振り払おうとする彼女。
彼女の主張は最もであるし、俺も正直確証は無い。だが、リリース日前日にログインできたという事実。これは、何者かからのメッセージなのではと思わずにはいられなかった。
「イ、イオリ・・・!からの紹介できましたっ!!」
苦し紛れに出た言葉。その瞬間、抵抗していた彼女の腕の力がぴたりと止まった。
「そ、その名前・・・。誰から・・・?」
先ほどまでとは打って変わって明らかな動揺の表情を浮べるエルフ。
「え、えっと・・・それは・・・」
言っても良いものか、一瞬考える。この動揺の仕方から言って、あまり情報を与えすぎないほうが賢明だろう。しかし、こちらを信用してもらうためには―――
「だ、誰にも言わないことを約束して貰えますか?」
その言葉に一瞬困惑の表情を浮べるが、エルフは観念したように、両手を胸の前に出した。
「はい。約束いたします」
そう言った彼女の目を信用し、俺はここに至るまでの経緯をエルフに向かって話した。