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1、イオリ

 これまでの自分の人生は一体何分のドラマになるだろうか。おそらく三分にも満たない退屈なホームビデオが完成するだろう。

 しかし、それで良い。起伏のある人生を楽しむことができるのは、それを全く関係無い立場から見ている視聴者だけなのだから。


「はぁ。・・・馬鹿らし」


 朝のHR(ホームルーム)までの時間。やることも無く登校と同時に着席した俺は、親指を軸にシャープペンシルを回しながらそんな他愛も無いことを考えていた。 

 一つ席を離した位置で挨拶がてらに談笑するクラスメイトの声が耳を刺激する。

 中身の分からない会話はただの騒音でしか無い。

 直に予鈴が鳴り、担任が来てHRが始まる。それまでの辛抱だ。

 そんな教室内の騒音から逃げるように俺は顔を机の上に伏せた。


・・・遅い。


 予鈴が鳴ること数十分。いつもならすでに教師が教室に来ている時間。


「ねえ、さすがに先生呼びに行った方が良くない?」

「えー。でも、誰が行くのー?」


 始めは異質なこの状況を楽しんでいたクラスメイト達もあまりの異様さに徐々に狼狽え出す。

 クラス内に流れる非日常。

 クラス中が混乱に陥っている中、俺は隣の空席に目を向けた。


「・・・まさか・・・な」


 嫌な予感が脳内を通り、冷や汗となって額から机に落ちる。

 拭いきれない不安を抱きながら、自体の進展を待っていると、担任の教師が額に汗をびっしりと浮べながら教室の扉を開けた。


「えー。皆さんに、重大なお知らせがあります。今朝――――――」

 

  焦燥した表情の担任から告げられたのは、唯一無二の友人、立花庵(たちばな いおり)の死だった。



 ――――2年後


 この世でもっとも偉大な存在とは何か。個人によって様々な答えがあるだろうが、俺は時間だと考える。過去の悲惨な記憶さえも、時間の経過とともにその記憶はどんどん薄れていく。当事者であったはずの記憶がいつしか第三者視点の記憶へと変わり、いずれは過去の出来事として整理される。

 親友の死。当時高校2年だった俺にとって重すぎる出来事。それをきっかけに不登校となった俺が今大学生として人生を歩むことが出来ているのは、この2年という時間のおかげだった。


「ただいまー」


 夏休み前、最後のテストを終えた俺は、玄関の扉を汗だくの腕で開いた。

 扉を開けた先、一足も靴が無い玄関あったのは、家電でも入っていそうなほど大きな段ボール箱だった。


「・・・? 父さんのか?」


 心当たりが無いため、この家のもう一人の住人の物であることを疑いつつ、その段ボール箱へと近づく。


「・・・手紙?」


 閉じられた段ボール箱の上には一通の茶封筒が置かれてあった。

 この時代に封筒?

 電子機器が発達した今の時代に不釣り合いなその茶封筒に書かれた宛名を確認する。


おおとり 風介ふうすけ様』


「・・・俺宛か」


 全く心当たりは無いが、この荷物は俺宛らしい。

 俺は差出人を確認しようと、茶封筒を裏返した。


「・・・!! そ、そんな・・・嘘・・・・・・」


 茶封筒の裏側の左角に書かれていた名前は、この世にいないはずの人間、立花庵だった。


 あり得ない。庵は死んだ。

 その名前に狼狽えつつも、茶封筒に切手が貼られていないことを発見する。よく見ると、差出人の欄にも、庵の名前以外何も書いていない。つまり、コレは宅配として届けられた訳では無いということだ。

 そうなると、誰がこんな質の悪いいたずらをしたのか・・・

 冷や汗が頬をつたうのを感じながら、俺は茶封筒の封を破った。


『 フースケへ


 君にこの手紙が届いているということは、ボクの準備が整ったということだろう。

 この世から突然ボクが居なくなり、君には大きな心労かけてしまっただろうか。

 突然消えたことを素直に謝罪したい。

 色々、思い出を語りたいところではあるが時間が無い。

 これを送った目的を伝えたい。


 『Unrabel』

 これはボクが作った、もう一つの世界。

 

 あの日のことを君は覚えているだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 ただ、君に見せたかっただけなのだから。

 ボクの作った世界を。

 ボクの作ったゲームを。


 これをどうしようが、構わない。

 おそらく、君には数年の年月が経過しており、新しい人生を歩んでいるだろう。

 そのまま廃棄しても良い。ただ、願わくば、君がボクの世界を楽しんでくれるのなら、それ以上に幸福なことは無い。


 イオリより   』


「・・・イオリ・・・」


 気づくと瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。

 涙は頬を伝い、手紙の文字をにじませる。

 

 時間は、偉大な存在だと思っていた。

 忘れることで人は、前に進めるのだと。

 だが、気づいてしまった。時間によって忘れるわけでは無い。

 時間は、消え去りたい箱に鍵をかけ、奥底にしまっているに過ぎないということを。

 知ってしまった。

 時の流れという箱に入った色あせたはずの記憶の断片は、(てがみ)によってあっさりと開くということ。


 もう割り切ったはずの記憶(かこ)の中で、ただ一つ、庵の笑顔だけが、鮮明に脳内に思い起こされたのだった。


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