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火種

平日毎朝8時に更新。

「お嬢様、若君様がお戻りです」

 ウィルオードがエリスの(もと)へ報告に来た。三ヶ月前、選抜された面々と共に地上へ赴いていた兄の帰還を聞いて、エリスは心が沸き立つ。

「今はどちらに?」

「長への帰還報告を行っております」

「それでは、お迎えに上がらなくては。ウィルオード、お前も共に来なさい」

 エリスは立ち上がると、侍女を呼びつけて着替える。今日の衣装は燃えるような真紅だ。相変わらず彼女は金髪を隠すように赤いスカーフを巻く。

 数日前に焼き上げた菓子を持たせたウィルオードを伴って部屋を出ると、長の執務室の前までやって来た。彼女の到着を待っていたかのように兄が扉を開けて出て来る。

「お兄様!」

 呼び掛けてその胸に飛び込んだ。

「よくぞご無事でお戻りになられました。わたくし、嬉しく存じます」

「エリス……」

 彼女の頭を撫でる兄の手には、いつもの力強さがない。抱き着いたままで兄の顔を見上げると、視線が合った。

「お兄様、如何なさいましたの?」

 彼女の問い掛けに兄は無言を貫く。見詰める彼女の青い瞳から逃れるように兄は視線を外した。

「お兄様、お疲れですのね。早くお部屋に戻りましょう」

 エリスは身体を離すと、手を引いて城内を進む。兄妹を先導するようにウィルオードが進み、一行は何事もなくランティウスの自室へ戻って来た。

「さあ、まずはお召し替えを」

 エリスは兄の侍女たちを呼んで、着替えさせるよう命じる。兄が着替えている間に彼女はウィルオードに持たせて来た焼き菓子を器に盛り付けて、卓上に並べた。

「お兄様、こちらへどうぞ」

 長椅子に兄を座らせて、自身はその左横に陣取る。ウィルオードが兄の侍女たちを控えに下がらせたので、室内には彼と兄妹だけが残った。エリスはその豊かな胸を兄の腕に押し付ける。

「お兄様、地上の様子は如何でしたの? お聞かせ下さいませ」

 地上という単語に兄はビクッとした様子だった。ゆっくりと彼女に向き直る。

「エリス、私は……」

 兄の様子は明らかにおかしかった。だがエリスは優しく微笑んで続きを待つ。

「取り返しの付かないことを……」

「本当に如何なさいましたの? わたくしでよろしければ、伺いますので何でもお話しして下さいませ」

 エリスはウィルオードに目配せする。彼は兄妹の方へ歩み寄り、テーブル上のポットを手にした。優雅な仕草で茶碗へと中身を注ぐと、静かに茶碗を兄の前に差し出す。

「心の落ちつく香茶でございます」

 ウィルオードは甘い香気漂うお茶を兄の前に進めると、再び壁際へ戻った。

「心遣い、感謝する」

 ランティウスは礼を述べて茶碗を持ち上げる。一口含んで喉を潤すと、溜息を一つついた。

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