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火種

平日毎朝8時に更新。

 それから数年。

 エリスは術士として頭角を現すようになっていた。特に氷の術に関しては一人前と言っても過言ではない。

「それでは、本日はこれまでにしようかえ」

 彼女は母であるカミナーニャから直接指導を受けていた。

「ところでエリス、最近は変わったことはなかったかえ?」

「いいえ御母様。先日の侍女たちが集められたこと以外には、他に何もございませんわ」

「そう、では部屋に戻ってよろしい」

「はい、それでは失礼致します」

 エリスは優雅に一礼すると、その場を後にした。

「何かあったのかしら?」

 母の問い掛けの意味を考えてみる。しかし思い当たる節はない。

「それよりも、お兄様がルーディリートのところへ頻繁に出入りしているのが許せませんわ」

 ギリギリと奥歯を噛み締める。妹は数日前に光の巫女として部屋を与えられて以来、足繁く兄が通っていると城内で噂されていた。それでなくとも兄は、末妹が病に伏せっていた時も毎日のように見舞いに訪れており、彼女との扱いの差は歴然だ。

「お兄様に限って、あの娘に騙されることはありませんが、それでも心配です」

 不埒な考えを首を振って追い出す。

「エリス様」

 城内を歩いていた彼女は正面から来た黒髪の女戦士に声を掛けられた。

「ラリアさん、どうなさいましたの?」

 顔色が優れないラリアに、エリスは心配顔で尋ね掛ける。

「ご相談がございます」

 彼女の様子からただならぬ気配を感じて、彼女の部屋へと向かった。促されるままに室内に入る。

「ラリアさんが、わたくしに相談とは……」

 珍しい、と言い掛けたエリスは、振り返ったところで絶句した。目の前でラリアが床に(うずくま)り、深々と頭を下げていたのだ。驚かない訳がない。

「ど、どうなさいましたの?」

「申し訳ありません、エリス様」

 いきなり謝られてもエリスには事情が飲み込めない。

「ラリアさん、何があったかお話して下さらないと、わたくしにも分かり兼ねますわ」

 しゃがみ込んで、彼女の背に手を当てる。ラリアは涙を流していた。

「実は……」

 彼女の語った内容にエリスは衝撃を受ける。彼女は兄に抱かれたと言うのだ。エリスはワナワナと震える手を握り締め、同じく震える唇をキュッと固く結ぶ。

「お許し下さい、エリス様。いかような罰でも受けます。どうか……、どうか……」

 哀願するラリアの手を彼女は包み込んだ。不思議な面持ちで見上げて来るラリアに、エリスはその青い瞳で優しく見詰め返す。

「よろしいのですよ、ラリアさん」

「え?」

 エリスの言葉が理解できず、ラリアは呆けたような返事しかできない。

「悪いのは、ランティウスお兄様ですの」

「……悪いのは、ランティウス様……」

 ラリアは無意識の内にエリスの言葉を復唱する。エリスの瞳は金色に輝いていた。

「ええ、ですから、あなたはランティウスお兄様をその命に代えて守りなさい」

「あたしの命に代えても、ランティウス様をお守りする……」

 ラリアの瞳は色を失い、焦点も定まらずに虚空を見詰めている。エリスはそのような彼女に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返した。

「ラリア、あなたは良い()ですから、言いつけを必ず守るのですよ」

「はい、言いつけ通り、あたしの命に代えても、ランティウス様をお守り致します」

 虚空を見詰めていた彼女の目を、エリスの右手が塞ぐ。その体勢のままでエリスは何事か呟いた。

「さあ、もうよろしいですわよ」

 にっこりと微笑む彼女の目の前で、ラリアが正気に戻る。

「エリス様、私は……」

「よろしいですのよ、わたくし怒ってませんから」

 微笑む彼女の言葉とは裏腹に、胸中にはドス黒い感情が渦巻いている。


 ユ ル サ ナ イ


「エリス様の寛大なる仕置きに感謝致します」

 畏まって(こうべ)を垂れるラリアを、エリスは微笑みを浮かべ、その青い瞳で見下ろしていた。

次回更新は3月30日です

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