強奪
後書きにあった不要なメモを削除しました。
「ソフィア様、長様の表敬です」
「……通して」
本当は会いたくなかったが、それでも顔を見て話をしたかった。
「二人きりにさせて」
長と共に帰って来た我が子を侍女たちに預ける。
「どうした?」
「どうしたも、こうしたも、わたくしは情けなくて、悔しくて……」
俯いてギュッと拳を握り締め、それを長の胸板に打ち付ける。
「お兄様の心には、未だにルーディリートがいるのでしょう?」
「何を言っているのだ?」
長はソフィアの言葉の意味を捉え切れずにいた。
「それとも、別の女に向いていらっしゃるのかしら?」
「本当に、どうした?」
「わたくしは、ソフィアの証である指輪を継承していません。ソフィアルテ様から受け継いでおりません」
「そのことか」
長は落ち着いた様子でソフィアを優しく抱き止めた。ソッと後頭部を撫でる。
「気にすることはない。ソフィアの資格があるのはお前だけだ。ルーは既に永眠しているのだから、心配に及ばない」
長の言葉は優しく、本心から出ているのだろう。それは彼が末妹が生存していると知らないから出る言葉だ。だからこそ、彼女にとってソフィアの指輪がない事実は胸を抉る。長の言葉の裏に、末妹を想い続けている真実が隠れているのが分かってしまうが故に。
「わたくしは、今もお兄様の心を掴んでいるルーディリートが憎い」
「エリス、何を……」
長の胸に顔を埋めながら彼女は感情のままに振る舞う。
「憎いものは憎いのです。わたくしがどのように努力しても得られないものを、妹は簡単に持って行ってしまう」
長の心も、ソフィアの地位も持って行ってしまうルーディリートへの憎しみが、彼女の心の中で募る。
「わたくしが耐えて来た、この十年を……」
ボロボロと熱い滴が目尻から溢れ出る。
「お兄様を……」
悔しさが怒りとなって溢れた。長の胸板をその拳で叩く。
「どうしてそこまでルーディリートを憎むのだ?」
「お兄様を愛しているからですわ。わたくしだけのお兄様になって欲しいだけ」
彼女の言葉に長は絶句する。
「なのにお兄様は、妹と仲良くしろと。わたくしの存在価値は妹と仲良くするだけしかないのですか?」
「そうではない」
「お兄様にとって、わたくしはルーディリートの添え物でしかなかったのでしょう!」
「いい加減にしろ」
長が語気を荒げた。ソフィアは思わず身を震わせる。その彼女の両肩を長は掴んだ。
「何度も言わせるな。お前は私のたった一人の妻で、正式な手続きでソフィアになったのだ。何を不安に思うことがある?」
真摯な眼差しで彼女の瞳を射貫くように見詰める。
「それに、ルーディリートはいない。いつまでも亡霊に振り回されるな」
「お兄様……」
まるで自分自身に言い聞かせるような言葉に、ソフィアは両肩を掴んでいる彼の二の腕に触れた。ルーディリートは生きていると喉元まで出かかるが、どうにかそれを押し止める。
「仮に、お兄様がわたくし以外の誰かをソフィアにと望んでいた場合、指輪はどこへ行きますの?」
「有り得ないことを聞くな」
長の視線が揺らいだ。ソフィアの頭の中に疑念が生じる。
「答えて下さらないのですか?」
「有り得ない仮定で話をしてもムダだ」
話を切り上げようとしている気配を感じて、ソフィアは不信感を募らせた。
「約束は守って下さい。側室は認めません」
「分かっている」
何度も念押ししているが、彼女の疑念も不信感も消えることはない。兄の手が離れた。
「地上の遺跡管理は大事なお役目ですが、地上の民と関わるのは禁忌事項です。況してや女など絶対に許しませんから」
「そう心配ばかりするな」
心配ばかりさせているのは長の行動に原因があるのだと、ソフィアは言いたかったがグッと我慢する。溜まりに溜まった後で一挙に畳みかければ、少しは長も堪えるに違いないと思ってのことだ。
「嘘は許しませんから」
彼女は長を睨み付けていた。




