強奪
一夜明けて、本格的な葬送の儀式が始まる。
ソフィアは儀式の手順などサッパリ分からないが、ソフィアルテと共に長の後ろに付き従うだけだ。
「皆の者の心からの弔意に、我が父も喜んでいることと思う」
長は広間に集う地下族の有力者たちにその弁を揮った。カミナーニャを納めた棺は集まった副葬品で飾られている。
「それでは、娘のソフィアより最後の別れを」
急に振られても、どうして良いのか分からない。彼女は棺の縁に手を置くと無言のまま母の遺骸を見詰めた。その彼女の肩を、長が優しく包み込む。
「さあ、蓋を閉めよう」
ソフィアが頭の方を、長が足の方を持ち、棺の蓋でカミナーニャを覆う。
「それでは、父の許へ旅立つ。皆の者も最後の別れを惜しんでくれ」
広間の一同は最敬礼の姿勢を取った。瞬時にカミナーニャの棺は消え失せる。
「カミナーニャは無事、父の許へ旅立った。これにて葬送の儀は終わる。皆の者、この後は父とカミナーニャの思い出話を聞かせて欲しい」
長はそう告げて、広間に用意されていた玉座に腰掛けた。両脇にソフィアとソフィアルテも腰掛ける。アベルも連れて来られて、彼の膝の上に乗せられると、一同もそれぞれが思い思いの席に着いた。
「母上、父とカミナーニャの思い出話を願います」
「そうですわね、それでは前の長がカミナーニャを側室に迎えて、初めての遺跡管理に赴いた時の話をしましょう」
彼女を皮切りに、亡母の昔話をソフィアは聞かされる。知らなかった事柄を次々と聞かされ、彼女は頭が破裂するのではと思う程の情報量にヘトヘトになって自室へ戻った。
「ソフィア様、お疲れ様でした」
侍女頭のモリーが彼女を労う。窮屈な衣裳を脱いで楽になると、大きく息を吐き出した。
「御母様も、意外と皆から評価されていたのね」
「カミナーニャ様は、ソフィア様をそれは大切に思っていらっしゃいましたよ。その思いが私たちにも伝わるほどに」
寝間着に着替えて、ソフィアは少し落ち着いた。そこへティナがやって来る。
「長様がお越しです」
「すぐに通しなさい」
即答した彼女の指示で、長が迎え入れられる。
「エリス、疲れただろう。これを食べると良い」
長が伴って来た侍女が、卓上に蓋付きの大皿を置いた。そのまま彼女は一礼して退出してゆく。
「お兄様も、共に召し上がりますわよね?」
「そうだな、前回はアベルの誕生日の頃だったな。アベルは寝たのか?」
「あの子は、とっくに寝ております」
大皿を載せた卓に向けて、二人掛けの椅子が用意される。モリーとティナは主たちの給仕をすべく、忙しく立ち回り始めた。
「これはな、地上に棲息する鹿という動物で、その肉を葡萄酒で煮込んだものだ」
「お兄様、地上の者と交流を?」
「成り行きでな。寿命が違うから、向こうは既に永眠している」
地下族の不文律で、地上の民と交流してはならないことになっている。それを長が破っているのでは示しがつかない。
「我々の秘密だ」
「お兄様、……もう」
ソフィアは長と二人の食事が初めてと気付いた。これまではどちらかの母が同伴しているか、子のアベルが同席している。戴冠式より十一年、長い期間を経てようやく長の心が彼女に向いて来ていると感じた。
「美味しい」
侍女たちが用意した酒杯を手に、彼女は鹿肉に舌鼓を打つ。普段、地下族の口に入る肉料理は鳥肉が主で、時折、羊や牛が振る舞われるぐらいだ。しかも獣肉よりも川魚の方が割合としては高い。
「お前の喜ぶ顔が見れて良かった」
微笑む長の表情に、ソフィアも心が満たされる。彼女が長年求めていた状況が到来していた。




