強奪
「父は本来、カミナーニャを後継のソフィアにして、我が母と遺跡管理を継続するつもりだった。その辺りの事情も知っているからこそ、彼女はお前にソフィアに固執しないようにしていたはずだ」
「そんなはずは……」
事あるごとにソフィアになるよう彼女に言い聞かせて来た母の言動からは。長の言葉は信じられなかった。
「まあ、最後はソフィアとして城の留守を預かる方が安全と思ったのかもしれんな。ラリアを失ったのは私の不注意、全ては私の愚かさが原因だ」
「お兄様、そんなにご自分を責めないで」
握り締めた彼の拳を、そっと包み込む。
「わたくしは、お兄様の横で地上に赴けば良かったのでしょうか?」
「お前には、ルーディリートと仲良くしていて欲しかった」
長の言葉に、ソフィアの心中がざわついた。
「姉妹の仲が良ければ、私としても安心して地上に赴くことができる。ルーディリートが城の留守居をしていても、お前やラリアが支えてくれれば、ずっと安泰だっただろう」
不意に長は彼女の肩を抱き寄せる。
「お前を不安にさせたのも私の責任だ。許せ」
「……あ、ダメ……」
ソフィアは弱々しく抵抗するが、二人は肌を重ね合わせた。
翌日、城門の外まで連なる弔問客を見ながら、ソフィアは昨夜の遣り取りを思い起こしていた。
長の言が事実ならば末妹は前長の正妻の子で、彼女よりも正統性が高くなる。知らなかったとは言え、謀を巡らせて戴冠式の会場から閉め出したことを追及されれば、ソフィアの地位も危うい。ふと視線を落とすと、いつぞやのフードを被った女性とそれに付き従う二人の女性が見えた。
「少し離れます」
ソフィアは後方に控えていた侍女に待機を命じて、城内の人気のない場所に移動する。
「お連れしました」
「ご苦労」
口元を薄衣で隠した女性に連れられて来たのはソニアだ。
「エリス様、我が主は弔意の品を献じて帰途に就きました」
「報告、確かに受けました。今後も怠りなく勤めなさい。そして妾に会ったことは忘れなさい」
「はい、畏まりました」
ソニアを連れて、巫女たちはその場を離れた。ソフィアは末妹が本当に長に会うことなく引き返したことに安堵する。
「あの娘に、悪意や他意はないのかもしれませんわね」
城の廊下の窓辺に寄り、眼下の木立を眺める。不意にソフィアは魔力の高まりを感じた。
「城の外?」
今まで感じたこともないぐらいに膨大な魔力の圧力は、急速に縮小してゆく。窓から身を乗り出すように城外を見渡すと、末妹が帰るであろう方角に光の柱が見えた。
「あれは?」
見たこともない光の柱は、短時間で消え去った。
「一体、何事?」
ソフィアは誰にともなく問い掛ける。だが答える者はいない。情報収集を担う巫女たちも、正確な情報が得られるまでは報告に来ない。
「後でゆっくりと聞くとしましょう」
今の魔力を長が感じなかったはずもなく、城内が静かなのは危機が薄いからとソフィアは無理矢理に自らを納得させた。
「ここにいたのか?」
不意に廊下で長と遭遇した。双方共に驚く。
「はい、今の魔力が何事かと調べにやっています」
「ふむ?」
ソフィアの言葉に長は怪訝な表情をした。
「そうか、危険な兆候ではない。共に戻ろう」
「はい、長の仰せのままに」
珍しく優しい声で長は彼女を誘う。二人は連れ立って広間へ戻った。広間では何も変わらず弔問客がカミナーニャの遺体が納まる棺に、弔意を表す花飾りや花を模した品々を手向けてゆく。
「人の価値は死んだ後で分かる」
ボソリと長は呟いた。ソフィアはラリアやルーディリートについて彼がどのような想いを抱いているのか聞きたい衝動に駆られる。昨夜は聞けなかったが、表向きは二人が亡くなってから十年近くが経過しているのに、その名が出ることが彼女は許せなかった。




