強奪
「此度は、まことに残念なことでございました」
二人に向けて風を扱う一族の有力者が深々と頭を下げる。
「気の早い奴だ。まだ葬儀の宣言もしていないぞ」
「これは失礼致しました」
広間に設えられた祭壇の前には、棺が安置されていた。その棺にカミナーニャは納められ、眠っているかのようだ。長に促され、ソフィアは祭壇と棺の間に立った。今にも起き出しそうな母の遺体に、彼女は言い知れぬ不安を覚える。
「ソフィアの母であり、前長の側室であったカミナーニャが旅立った。我は長として、彼女の魂が父のいる場所へ無事に向かうよう、これより葬儀を行う」
広間に長の声が響き渡った。
「皆の者も、力を貸してくれ」
「長のお心のままに」
広間にいた一同は、各々がその場で畏まる。
「親しい者は広間に、疎遠だった者は前庭にて弔意を表してくれ」
長の宣言が一族の隅々にまで伝達されるのは明日の昼ぐらいだ。弔問を受けた後に葬儀に及ぶとすれば日程は意外と厳しい。
「それではソフィアよ、後は私に任せて身支度の続きを済ませるが良い」
ソフィアは広間から一人で出される。彼女は自室へ戻った。
「お帰りなさいませ」
モリーが出迎える。
「ソフィアルテ様がお越しです」
「すぐに会うわ」
ソフィアルテは用意された席で待っていた。彼女は優雅に手にしていた青灰色の茶碗を卓上に戻す。
「突然、押し掛けてしまい、ゴメンなさい」
「いえ、構いません」
ソフィアは椅子に腰掛ける前に人払いをした。何か重要な話があると察したのだ。
「何かありましたか?」
「ええ、実は……」
ソフィアルテが言い出そうとすると、不意に二人の前に黒い衣装の女性が姿を現す。
「ソフィア様、重要な知らせでございます」
「ソフィアルテ様のお話より重要かしら?」
「はい。こちらへ、ルーディリート様が向かっております」
その報告にソフィアは反応できなかった。
「遅かったようですわね。私が言いに来たのもその話よ」
「何を仰っているのか、よく分かりません」
ソフィアは死んだルーディリートが来るという意味が理解できない。
「ルーディリートは死んだのでしょう?」
「エリス、貴女には本当のことを伝えます。ルーディリートは生きているのです」
唐突に言われても納得できる話ではない。ソフィアは尋ね返した。
「どういうことですか?」
「あの娘は、ランティウスが貴女と仲睦まじく暮らせるように、死んだことにしておいたのです」
「わたくしは、戴冠式で選ばれた正妻です。そのような気遣い無用ですわ」
ぎりっと奥歯を噛み締める。その彼女を宥めるようにソフィアルテは言葉を連ねた。
「落ち着いて、エリス。私はルーディリートをあの子に会わせたくないのです」
「何故ですか?」
相思相愛とも思えた二人を会わせない理由が分からない。
「ルーディリートが、あの子に会いたくないと言っているのです。一族の為に」
「一族の為に?」
個人的な感情ではない部分に引っ掛かる。
「ええ、不要な混乱や争いを起こしたくないと、ルーディリートは願っております」
「それで、わたくしは何をすれば良いのでしょう?」
「あの娘を静かに見守って欲しいのです」
ソフィアルテの言い分には今一つ釈然としない部分もあったが、ソフィアも長に末妹を会わせなくない気持ちは同じだった。
「妹が兄に会うつもりがないのでしたら、わたくしは関知しません。そもそも妹は死んだ者、ラリアと同じく死んだ者です」
「貴女が優しくて助かります」
優しいと言われるのに慣れていないソフィアは、むず痒い思いになる。
「ルーディリートがおかしな真似さえしなければ、わたくしから諍いを起こすつもりはありません。ご安心下さい」
「ありがとう。それでは葬儀の準備もありますから、私はこれで」
ソフィアルテは微笑み掛けて退出して行った。
「ルーディリートが生きていたとは……」
ソフィアは少し考えて、ずっと傍らに控えていた巫女に声を掛ける。
「妹のところまで案内できるかしら?」
「城から歩いて半日ほどのところにおりますが」
「少し遠いわね、馬車を使うにしても、目立ってしまいます。何か他に方法は?」
問い掛けられて巫女は少し間を空けて答えた。
「ソフィア様がよろしければ、我々がお連れ致します」




