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強奪

「ソフィア様、よろしいでしょうか?」

 ウィルオードが戻って来た。何やら慌てている様子だ。ソフィアは柔らかな声を出した。

「ウィルオード、母の葬儀は長が取り仕切ることになりました。無駄足を踏ませてしまい、悪く思っております」

「左様でございますか。そのことで少し(いさか)いがありましたもので」

「苦労をかけます。後は(わらわ)に任せて下さい」

「はい。では(せつ)は裏方に回ります」

 深々と頭を下げて従者は退出した。

「それでは葬儀の段取りを付けて来る」

 長はそう言い置いて行ってしまう。もう少し話がしたかった彼女ではあったが、側室を取らない約束を守ると聞かされたので上機嫌になっていた。

「お兄様も、これで地上には行きませんわね」

 彼が地上に滞在する理由は遺跡管理だけになったはずで、そうであれば地上に長居する必要はない。今後は親子水入らずで過ごせるものと彼女は夢想していた。

「ソフィア様、長様がお呼びです」

 数刻後、侍女頭のモリーがやって来た。葬儀に向けた衣裳の調整を行っていたソフィアは断ろうと考える。

「長には、気分が優れないと伝えて」

「いえ、それが部屋の前でお待ちです」

 申し訳なさそうな調子のモリー。

「そういう大事なことは先に言いなさい。すぐに参ります」

 ソフィアは言を翻すと、衣裳の調整を中断して部屋を出た。

「お待たせ致しました」

「……、まあ良かろう」

 にこやかな笑顔を見せた彼女を、長は頭から足先まで視線を移して何かを確認した。

「これから、葬儀の執行を宣言する。お前は私の横にいるだけで良い。そうしたら今宵から明後日の朝に掛けて一族の者が弔慰に訪れるから、主だった者たちの対応をせねばならない」

 長の説明にソフィアは理解が追い付かない。

「具体的に(わらわ)は何をすれば良いのでしょう?」

「今は私について来い。細かい説明は後で行う」

 長はそう告げると、身を翻して歩き始める。彼女は慌ててその背中を追った。無言で進む長の背中は広く、少女の頃から憧れたままの姿だ。その背に負われたいと何度も夢見たこともある。その願いは未だに叶っていなかった。

「妾の場所じゃ」

 地下族にとって、異性に背負われることは特別な意味を持ち合わせている。しかし長が誰かを背負っているのは見たことがない。まるで誰も背負いたくないかのように、長は腕に抱え上げるのを常としていた。

「よもや……?」

 他に特別な女性がいるのではないかと疑念が頭をもたげる。

「エリス、一つ聞きたいことがある」

 広間に通じる廊下で長は立ち止まった。

「アベルを、次の長にしたいか?」

「それは当然です。アベル以外に子もないのに、疑う余地もありません」

「そうか」

 ソフィアの答えに、彼は少し考える様子を見せる。

「ならば、剣術と魔法の訓練を厳しく行う必要がある。父は早くに正妻を亡くし、その埋め合わせをする為に遺跡管理を必要最小限にしていた。そのツケが私に来ている」

 初めて聞く話だった。しかし前のソフィアことファルティマーナは存命なのに、長の言い分は理解できない。

「遺跡を徘徊する魔物は手強い。私でさえ危ういことが何度となくあった」

「犠牲者が出るほどに、ですか?」

 長の話を受けて、ソフィアは口を挟む。

「無理をした私を庇って、彼女は命を落とした」

 彼女は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。長の話は続く。

「私が、どれほど苦しんだか分かるか? 大切な一族の者を守るべき私が、その犠牲の上にいるのだ」

「お兄様……」

 ソフィアは彼の背中に寄り添う。

「もっと早くに仰って下さい。一人で全てを抱え込むのはお()し下さい」

「お前に何が出来る? 長とソフィアは共に地上に出てはならないのが掟だ。だからこそ、アベルの不甲斐なさに私は憤りを感じるのだ」

 突き放すような言い方に、それでもソフィアは耐えた。

「どうして、そのように急ぐのですか? まるで、妾たちを置いてどこかへ行ってしまわれるかのよう」

 長は黙ったまま何も言わない。彼の背中は彼女を拒否するかのように離れた。

「お兄様、お待ち下さい」

 背中を追い掛ける。二人はそのまま広間へと入った。

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