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骨肉

 その噂は静かに広がっていた。

「モリーを長の側室に?」

 年末を控えて、帰還する長が側室を迎えるという話は出所不明の噂として城内に蔓延していた。

「由々しき事態じゃな」

 報告に来た女性を前に、ソフィアは眉根を寄せて考える。それというのも、ヴォルターの左腕を斬ったのが長の隠し子という噂も同時に広がっており、アベルとは別の後継者候補が必要という話と併せて語られているのも問題だった。

「誰が噂の元凶じゃ?」

「現在、調査中ですが、ガイウス門下は無関係です」

 報告に来た女性は黒尽くめの衣装で、鼻から下は薄衣で覆われていた。闇の巫女と呼ばれる、ソフィア直属の諜報集団である。ソフィアはこの集団の指揮を任されてから日が浅く、情報収集に手間取っていた。

「ふむ、ガイウス門下が無関係であれば、噂を流して利益のある者はおらぬはずじゃが……?」

 首を捻るが答えは出ない。

「本人と、その周辺を探る以外になかろうの」

「御意のままに」

 闇の巫女は調査方針を示されたと判断して、姿を消した。

「モリーに叛意はないと思うが」

 実直に職務をこなす彼女は陰謀とは縁遠いように思えた。父親のウィルオードは何を考えているのか分からない部分もあるが、少なくともソフィア自身を失脚させようとする気配はない。

「双子の兄弟にしても、年端もいかぬ子供に腕を斬られるなぞ、不名誉なことを吹聴するまい」

 一つずつ可能性を潰してゆくと、残るのは長、母、ソフィアルテぐらいしか残らない。

「長が側室の可能性に言及したのは年始め。でもそれはラリアのことのはず」

 一つずつ事実を突き合わせてゆくと、残るのは母カミナーニャのみである。

「御母様も、何を考えているのか、分からない時がありましたわね」

 一族の中でも屈指の魔法使いでもある母から、彼女自身も魔法の訓練を受けているが、必要以上に威力を求める姿勢には疑問を感じる時があった。むしろ、その姿勢が魔法に対する柔軟な姿勢のソフィアルテを上回れない弊害ではないかと最近では思い始めている。

「ソフィアルテ様は親身でお優しい方。どうして御母様はあの方を忌避するのかしら?」

 一族随一の魔法使いがソフィアルテだった。あらゆる系統の魔法を自在に使いこなす姿は、伝説の初代ソフィアを髣髴とさせる。

「直接、聞いてみようかしら?」

 ソフィアは侍女頭のモリーを呼んだ。

「お召しにより参上致しました」

「城内の噂、耳に届いているかしら?」

 侍女は伏し目がちに頷く。

「はい。身に余る過分な内容に、当惑しております」

「誰が噂の出所か、心当たりは?」

 侍女の振る舞いに嘘をついている風情はなかった。ソフィアは彼女を被害者と認定する。

「大元は分かりませんが、ティナが話しているのは耳にしました」

「ティナが?」

 先日、子育てから手が離れ、侍女の一人として戻って来たティナは、ソフィアが幼少期から世話になっている古参の侍女だ。

「そう……」

 ソフィアは少し考えると、立ち上がってモリーの手首を掴んだ。

「ソフィア様、何を?」

 グイグイと引っ張って、衣装棚の前まで来る。

「ここに隠れていなさい」

「え?」

 目を白黒させているモリーを衣装棚に押し込むと、ソフィアは何事もなかった様子でティナを呼んだ。

「はい、御用を仰せ付け下さい」

「聞きたいことがあるの。モリーを側室にという話、誰から聞いたのかしら?」

「本人から聞きました。何でも、若君様を庇った行為が長様の心を惹いて、そのような話に……」

「嘘はお()し下さい」

 衣装棚からモリーが出て来るのを見て、ティナは口を開けたまま絶句する。

「こ、これは、その……」

「ティナ、正直に言いなさい。誰に頼まれたのかしら?」

 ソフィアは優しい微笑みを浮かべているが、ティナの顔面は蒼白だった。

「カミナーニャ様に頼まれました」

「そう。間違いないのね?」

「はい。若君様の正妻になる女子が必要と仰せでした」

 ティナの言い分を信じるとして、その対象がモリーというのは腑に落ちない。

「まあ、いいわ。新年の挨拶で長が否定すれば済む話です。噂の出所が判明しただけでおきましょう」

 ソフィアはこれ以上の詮索はしないでおこうと心に決めた。

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