骨肉
「姉上、いよいよ計画は第三段階に入りますぞ」
「ウィルオード、抜かりはないかえ?」
姉弟が城の奥にある魔導実験室で向かい合っていた。ここならば、誰にも邪魔されることなく密談できる。
「お嬢様は無事に男の子を産み、既に長の座は我が一門の手に確約されております」
「後は、次のソフィアも我が一門から出すだけじゃのう。モリーを側室にできぬかえ?」
姉の問い掛けに、ウィルオードは首を横に振った。
「お嬢様が側室を認めない為、それは難しいかと存じます」
「個人的な感情を優先させるとは、我が娘ながら愚かな」
「されど方法がない訳ではありません」
ウィルオードの瞳が光る。
「ならば、任せようぞ。頼んだぞえ」
「お任せ下さい、姉上」
ウィルオードは鄭重に辞儀を行い、退室した。その足でソフィアの私室に向かう。扉をノックして呼びかけた。
「ソフィア様、ご機嫌如何でしょうか?」
返事はない。
「父上」
扉が開き、顔を出したのは彼の娘でソフィアの侍女頭を務めているモリーだった。
「ソフィア様は、例の反逆者のところです」
「そうか、少し様子を見て来よう」
ウィルオードはほんの少し眉根を寄せて怪訝な表情をしたが、すぐに城門へ向かった。城門前には剣術師範のガイウスと、その娘と目される女性、そして名も知らぬ男児の首が反逆者一味として晒し者にされている。その晒し首の前に、ソフィアは佇んでいた。ウィルオードは声を掛けず城門の陰から様子を見守る。
「ラリア、そなたであれば側室として認めても良かった。何故、このような変わり果てた姿で再会せねばならぬのじゃ」
ソフィアの言葉にウィルオードは黙って耳を傾けた。
「そなたは地上で亡くなったとお兄様から聞きました。何故じゃ?」
ソフィアは両手を握り締め、下唇を噛み小刻みに震えていた。
「何故、お兄様は嘘をついたのじゃ」
そこだけは許せなかった。
「そなたが亡くなった今、絶対に誰も側室には認めぬ。それが妾のせめてものそなたに対する贖罪じゃ。許してくれ、ラリア」
子の命まで奪うつもりはなかった。それにラリアが生きていると知っていれば、連れて来て側室にするよう長に進言したかもしれない。
「何もかも、お兄様が悪いのじゃ」
彼女は眼前の現実から目を逸らそうと、全ての不具合は長の無責任な行動にあると自らに言い聞かせた。
「そなたを死なせたのも、全てお兄様が身勝手なのが悪いの。だから、もう謝らないわ」
クルリと身を翻して城内に戻る。城門の裏側で身を隠していたウィルオードの前を通り過ぎるかに見えた彼女は、彼から数歩離れた位置で立ち止まった。
「ウィルオード、立ち聞きはよろしくなくてよ。聞くならば堂々と妾の横で聞きなさい」
それだけを言い置いて彼女は歩みを進める。ウィルオードは深々と頭を下げていた。
「お帰りなさいませ、ソフィア様」
自室に戻るとモリーが笑顔で出迎える。ソフィアも微笑み返して、自席へ腰掛けた。
「アベルの剣術訓練は中止ですわね」
「はい、剣術師範が不在の今、次の師範を長に定めて頂くまでは無期限中止です」
剣術師範のガイウスを反逆の廉で斬った為、ガイウスの門下生にも長が戻るまで謹慎処分を通達してある。城内は異例の出来事に動揺していた。
「ソフィアルテ様がお越しです」
前の侍女頭のティナが伝達に来た。彼女は出産を機に離れていたのだが、本日付で戻って来たのだ。
「お通しして」
ソフィアは立ち上がり、自らの席を横向きにする。そうしてソフィアルテに上座を用意した。
「エリス、大事ないですか?」
「はい、反逆者の討伐は滞りなく。他に同調する者もおらず、大事ありません」
「あのガイウスが反逆とは驚きました」
ソフィアルテは用意された椅子に座り、その形の良い眉根を寄せた。
「アベル以外に子がいたことも」
「長には、聞かなければならないことがあります」
「そうですわね、貴女に最後の継承を控えておりますのに」
ソフィアの業務引き継ぎは長期間に及ぶ。八つある巫女の統括を一つずつ継承して、次が最後の巫女たちだった。
「今は一族の結束を強く保つ時です。困ったことがあれば、いつでも相談して頂戴」
「はい、ありがとうございます」
ソフィアルテは彼女を励ましに来たのだった。母親以上に世話を焼いてくれる彼女に、ソフィアも気を許している。
「では私はこれで」
退出するソフィアルテを見送って、ソフィアは口元に笑みを浮かべていた。




