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骨肉

 長が地上に戻るのと入れ違いになるように双子が帰って来た。

「ソフィア様、長を地上に留めていた元凶を始末して参りましたぞ」

「ヴォルター、ご苦労であった。して、その元凶とは?」

「こちらでございます」

 ヴォルターとカイザーが差し出したのは大きな袋が二つ。ソフィアが訝しんでいる様子も気にもせず、彼は袋の中から黒い塊を取り出した。

「長の不義の子でございます」

「なんと……!」

 ヴォルターが持ち上げているのは生首だった。アベルぐらいの年頃と思われる男児の生首に、流石のソフィアも表情が曇る。モリーは短く悲鳴を発して目を背けた。

「こちらが、その母親です」

 続けてカイザーが髪の毛を引っ張って女性の生首を取り出す。今度はウィルオードが目を剥いた。

「カイザー、間違いないのか?」

 ウィルオードもソフィアもその女性の顔に見覚えがあった。ソフィアの唇が戦慄(わなな)く。カイザーは尋ね掛けた父親に向かって得意気に答えた。

「間違いございません。長はこの女と寝所を共にし、子は長を父と呼んでおりました」

「……バカな」

 ソフィアは手にしていた扇を取り落とす。

「どうやら、長は我々を騙しておられたようですな」

 ウィルオードは床に落ちた扇を拾い上げ、ソフィアの手元に返した。彼女は扇を握り締める。

「ガイウスを呼びなさい。反逆罪で詮議します」

「それならばソフィア様、こういうのは如何でしょうか?」

 ウィルオードが彼女に耳打ちすると、ソフィアは満足顔で頷いた。

「ウィルオードの提案を実行します。各自、これから出す指示に従いなさい」

 ソフィアはウィルオードの提案を盛り込んだ指示を出した。

 数刻後、ガイウスが出頭して来る。

「ソフィア様のお召しにより参上致しました」

 広間の中央付近で彼は立ち止まると、実直に挨拶した。壁際に居並ぶ一族の有力者たちの視線に不穏当な様子を感じつつも、彼は堂々とした態度を崩さない。その彼に玉座に腰掛けたソフィアが声を掛けた。

「そなたに反逆の汚名がかかっております。釈明の機会を与えましょう」

「はて? 我が身には覚えのないこと」

 彼は何を言われているのか見当も付かないといった様子だ。ウィルオードが厳しい視線を向けて来る。

「何を申されるか。貴殿はソフィア様を推挙した功績を考慮して、温情を掛けて頂いているのが分かりませぬか?」

「されど、我が身はこの通りの老いぼれ、反逆など考えもつきませぬ」

 兄の剣術の師である彼は、老いても眼光の鋭さまでは衰えていない。真っ直ぐにソフィアを見据えている。

「あくまでも白を切るおつもりか」

 ウィルオードは言葉を切り、ソフィアを見る。彼女は頷いた。

「ヴォルター、反逆者の首をこれへ」

「はい!」

 盆に載せられた首が二つ。その顔を見たガイウスは驚きの余り息を飲んだ。ヴォルターが持つ盆の上に載せられていたのは娘で、カイザーが持つのは知らない男児だ。娘の首は(つや)やかな黒髪を結い上げ、美しく化粧も施されていた。

「この女は、貴殿の娘であるな?」

「似てはおりますが、我が娘は十年前に死にました」

 ウィルオードの問い掛けに、心を押し殺す様子でガイウスは答えた。

「そうであるか。ソフィア様もこの女を貴殿の娘と思い、貴殿を疑ったが誤解であったか」

「ウィルオード、ですから申しましたでしょう。反逆は有り得ぬと」

 疑いが晴れたと思い、ガイウスは顔を上げる。

「ソフィア様、その女と男児は如何なる罪で、そのような姿に?」

「ヴォルター、説明なさい」

 ソフィアの命に応じて、ヴォルターは首を持ったままに話す。

「長と不義密通を行った女と、その子だ。捕らえて連行しようとしたが、激しく抵抗され()む無く斬った。なかなかの剣技であったが、義手では我に敵うはずもない」

「左様、男児も年齢の割に手こずりました」

 哄笑する兄弟。ガイウスは俯いたまま微動だにしない。奥歯を噛み締めて激情を抑えている。

「もう良いでしょう。疑って悪かったの、下がれば良い。それとヴォルター、その首は晒し者にせよ。誰とも知れぬ女じゃ、弔う必要もあるまい」

「畏まりました。それでは……」

 せせら笑うヴォルターが黒髪を無造作に掴む様子を見て、ガイウスの辛抱も限界に達した。腰の剣を抜き、ヴォルターに飛び掛かる。

「娘の首を返せ!」

 ガイウスは鬼のような形相で迫った。

「反逆者め、正体を暴露したか!」

 左から右へ横一文字に薙ぎ払う鋭い太刀筋で斬り掛かったガイウスに対して、ヴォルターは手にしていたラリアの首を盾代わりに突き出した。それで迷いの出た彼に、横からカイザーが剣を突き込む。脇腹に深々と剣が刺さっていた。

「エリス、恩を忘れた愚か者め」

「反逆者に対する恩義などございません。斬り捨てなさい、カイザー」

 ソフィアの命令に従って、カイザーはガイウスの首を斬り落とした。

「皆の者も見た通り、ガイウスは反逆を企てておりました」

 玉座から立ち上がりソフィアは宣する。

「この者は己の娘を不当な手段で長の元に送り、跡継ぎを養育させて、正当なる跡継ぎ、アベルの地位を脅かしたのです」

 手にした玉杖でガイウスの遺体を示した。

「ですが、その計画はウィルオードとその息子たちが暴き、こうして未然に防ぎました。皆の者も長やアベルの地位を脅かせばガイウスのようになると心得なさい」

 ソフィアの言葉に応じて、居並ぶ有力者たちは深々と頭を下げる。

「長の留守中はこの(わらわ)ソフィアが長の代行を務めます。妾への反逆も長に対する反逆と同義と努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」

 玉杖で床を一突きして、ソフィアは身を翻す。

「反逆者一味は晒し者にしておきなさい」

 冷たく言い放ったソフィアは広間から退出した。

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