骨肉
「大変でございます!」
ソフィアは新年を迎える準備として、風呂場で入念に身体を洗っているところだった。そこに血相を変えたモリーが飛び込んで来たので、ただ事ではないと察知する。
「長様が、若君様を連れて、訓練場に!」
「先日と同じで、訓練の様子を見せるだけでしょう」
ソフィアは前のアベルの誕生日と同じ内容になると思って入浴を続ける。
「それが、若君様と同年代の子らを長様が集めておられます」
「何をするつもりでしょう?」
何が起きるのか予想がつかない。そこへ別の侍女が駆け込んで来た。
「若君様が……、若君様が!」
「アベルが、どうしましたの?」
言葉の続かない侍女に苛立ちながら、ソフィアは続きを急かす。
「あのままでは、命が危のうございます」
「モリー、先に行って、状況の確認を」
「畏まりました」
弾かれたようにモリーは訓練場に向かった。ソフィアは入浴を中断して身支度を整える。
「命が危ないとは、長は何を……?」
訓練場からは熱気の籠もった掛け声が響いていた。モリーの姿はない。
「次!」
「はい!」
長の声に、子供の声が答える。訓練場の中央には長が立ち、手前側に返事をした女児が木刀を構えていた。彼女の立ち向かう先には金髪の男児が一人。
「遠慮せず打ち込め!」
「行きます!」
女児が木刀を振りかぶって打ち込む。金髪の男児は手にした木刀で受け止められず、まともに肩口を痛打され、泣き叫ぶ。
「男だろ、泣くな!」
長が怒鳴りつつ、泣き叫ぶ男児の肩口に触れた。すると、金髪の男児はケロリとした様子で立ち上がる。
「次!」
「お止め下さい!」
長と金髪の男児の間に一人の女性が割って入った。
「長の面前で、長の行為を止めようとは、良い度胸だな」
「どのような罰でも受けます。ですが、これ以上の仕打ちを若君様に強いるのは見るに耐えません」
割って入ったのはモリーだった。彼女が庇う金髪の男児が若君ということは、長はアベルを滅多打ちにさせていることになる。
「何事ですか?」
ソフィアは動きが膠着するかに見えた瞬間を狙って訓練場の中央へ進んだ。ホッとした表情のモリーは、その腕の中にアベルを抱いている。集まっていた子供たちはガイウスがまとめていた。長は苛立たしそうに彼女を睨む。
「長よ、この騒ぎは何事ですか?」
「アベルの剣術の腕を試していただけだ」
冷たく言い放つ彼に、モリーが反論する。
「あれが腕試しとは到底思えません」
「認識の差だな。まあ良い。アベルの腕前はよく分かった。連れて行け」
長の冷たい言い様に、ソフィアは気分を損ねた。
「長よ、今の言い方はあんまりではありませんか?」
「お前たちは、どちらなのだ?」
ソフィアとモリーへ交互に視線を移して長は尋ね掛ける。
「アベルにこのまま続けさせたいのか、それとも部屋に戻りたいのか?」
ソフィアが視線をモリーに逸らすと、彼女のアベルを抱く腕に力が入った。
「モリー、アベルを連れて行きなさい」
「はい」
「待て。お前には長の行動を妨害した罰を与えるまで、この場から動くことは許さん」
長に文句を言いたいソフィアは、モリーとアベルを部屋に戻したかったのだが、長はそれを見越してモリーの退出を許さない。
「ソフィア様、私どもが若君様をお連れ致します」
後れ馳せでやって来た他の侍女たちが気を回す。アベルの身の安全は確保された。
「長よ、モリーに罰とは、どういうことですか?」
「簡単なことだ。これを持て」
長は木刀を彼女に渡す。地下族は護身術程度の訓練を男女共に受けているので、不慣れということはない。モリーは木刀を握って立ち上がった。
「ガイウス師よ、子供たちを二列に並べて下され」
「心得ました」
ガイウスの指示で子供たちが整列する。
「それではお前には子供たちの相手をして貰おう。ソフィアも見て行け。ガイウス師、この侍女の掛かりで進行して下さい」
「お任せ下され」
長の指示に従って、ガイウスがモリーにこれからの説明をした。ソフィアは何が起きるのか分からないが、長が横に並んだので、チラリと彼の表情を横目で覗き見る。相変わらず、何を考えているのか分からなかった。
「では始めよ」
長の号令でモリーへの罰が始まる。彼女が相対した子供に打ち掛かるが、簡単に避けられてしまった。休む間もなく次の子供が前に出る。これまたモリーの木刀は空を切った。
「アベルの同年代は、このぐらい普通にできる。我が子の不甲斐なさを耐え忍ぶ親の気持ちを思い知れ」
呟く彼の言葉に、ソフィアは驚いた。




