背君
「お兄様……」
兄の逞しい右腕に抱かれて、エリスは満足していた。ようやく夫婦の契りができたのだ。
「エリス、一つ聞かせてくれ」
兄は彼女の金髪を撫でている。
「花瓶は、どうして割れてしまったのだ?」
「そのことですか」
兄の質問に、エリスは少し落胆した。
「ルーディリートの部屋を片付けるに当たり、お兄様が思い入れていると思って、お部屋に移そうとしました」
「私の部屋か?」
「はい。お兄様の部屋に移そうとして、落としてしまったのです」
エリスは起きたことのみを伝えた。
「そうか、本当にすまなかった。お前の話をしっかりと聞かず、叩いたことを許して欲しい」
「お兄様、それではお約束下さい」
罪悪感で一杯の兄へ、エリスは微笑みかける。
「わたくし以外の誰も側室に入れない、と」
「それは、世継ぎが産まれなかった場合、どうするのだ?」
「そのようなこと、有り得ません。わたくしが必ず、お兄様のお子を産みます」
尋ね返して来た兄に、エリスは強い語気で宣言した。それでも兄は承諾する気配がない。
「では、こうしましょう。わたくしがお兄様のお子を産めなかった時、その時は側室を認めますわ」
「いいだろう。エリス、そうしよう」
「お兄様、大好きです」
自ら唇を重ねて、エリスは微笑んだ。
「わたくし以外の女に色目を使ったら、承知しませんから」
「肝に銘じておこう」
そう答えた兄の言葉をエリスは信じた。
「それと、地上行きを控えて欲しいのですが」
「できれば控えたいが、地上には不穏な動きがある。もう少し様子を窺う必要がある」
「他の者に代行できませんの?」
エリスは心の底から心配していた。
「遺跡の管理は長の役目だ。こればかりは変えられない」
「そう、ですわね。でも、心配なのです。ラリアのようになってしまわないかと」
エリスの心配顔を見て、兄はそっと彼女の頭を撫でる。
「そう心配ばかりするな。お前は堂々としていれば良いのだ」
「ではせめて、回数を減らすなどは?」
「……検討してみよう」
食い下がったエリスに、兄は頼りない返答をするのみだった。
「そう心配するな」
同じ言葉を繰り返して、兄の手が彼女の肩を抱き寄せる。二人の夜は始まったばかりだった。




