火種
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「どうしてあの娘がここに?」
兄の執務室の目と鼻の先とも言える場所に、末妹が用事があるとは思えない。ツカツカとエリスは妹に歩み寄った。
「お前、どうしてここにおりますの?」
詰問調のエリスに、妹は怯えたような表情で身をすくませる。
「その口は飾りですの?」
見下ろすように覗き込みながら、妹の口を摘まむ。
「何とか言ったら、どうですの!」
「……い」
「い?」
潤む瞳で見上げながら妹はようやく喋る。
「いひゃい……」
「他に言うことはございませんの?」
更に強くつねり上げて、エリスは眉もつり上げる。
「何をしている?」
若い男性の声に驚いて、エリスは手を離した。自由になったルーディリートは彼女の横をすり抜けて声の方向に駆け寄る。
「お兄さま~」
末妹が兄と呼ぶのは、この世に唯一人。
「ルー、どうしたのだ?」
彼の背中へルーディリートが隠れようとしている様子は、エリスの神経を逆撫でする。怯えたように隠れた妹の様子に、兄は不穏な気配を感じ取ったのか、エリスへ厳しい視線を向けた。
「何かあったのか?」
「迷子のようでしたから、声をかけただけですわ」
堂々とエリスが即答したので、兄は疑いもしなかった。
「そうか、それは手間をかけたな。ルーディリートはこれから送って行くところだ。心配かけたな」
「お兄様が送って行くんですの?」
「連れ出した以上は送って行くのが筋だろう?」
兄の言葉にエリスは異論を挟めなかった。
「それとなエリス」
不意に名前を呼ばれて、彼女は背筋を伸ばす。
「兄は姉妹が仲良しだと嬉しく思う。お前もルーディリートを可愛がって欲しい」
「お兄様がそう仰るなら、仕方ありませんわね。ルーディリート、これからは姉であるわたくしも頼ってよろしくてよ」
エリスは兄からの好印象を得ようと、心にもないことを述べ立てた。妹はおずおずと頷いただけで未だに怯えている。
「随分と、人見知りしますのね」
「エリス、怒るな。ルーディリートは恥ずかしがり屋なのだ」
訝しむ彼女を窘めるように兄の声は優しかった。
「お兄様は本当にお優しくて、わたくし嫉妬してしまいそうですわ」
本音を交えたが兄には届かない。
「エリスも可愛い妹だ。そう案ずるな」
兄の優しい手がエリスの頭をポンポンと軽く撫でる。一挙に血流が頬を染め、エリスは顔から火を吹いているのではないかと思うほどに狼狽した。
「わ、わた、わたくし、用事がありますので、これで失礼します」
慌ただしく身を翻してエリスは辞儀もそこそこにその場を後にした。




