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背君

 ファルティマーナの里で兄の心を(ほぐ)したと思ったのも束の間、兄は再び地上へと赴いていた。当然ながら、エリスの部屋に兄は一歩も踏み入れていない。

「お兄様の心が分かりませんわ」

 ふうと一息ついて、エリスは思いを巡らせる。

 ファルティマーナの里からの帰路は、往路と違う風景で、あれがファルティマーナの言っていた危険性の一つと彼女は感じた。

 もしかすると、往路は死者の世界の入り口に差し掛かり、末妹が兄に会いに来た可能性も捨て切れない。あのままエリスが声も掛けずに留まっていたならば、生きて帰れたかも怪しい。

「ルーディリートについても、何ら分からず終いでしたわね」

 長老とファルティマーナの親子が結託して情報封鎖を行っていては、里の中の出来事を部外者が窺うことは出来ないだろう。エリスはそれでも、末妹が離すまいとしていた少女が気になって仕方なかった。

「アリーシャと名乗っていましたわね」

 記憶に留めておこうと、彼女はモリーを呼んだ。

「ソフィア様、お召しにより参上致しました」

「筆と紙を用意して頂戴」

「畏まりました」

 モリーは言いつけ通りに準備する。エリスは筆を取って、思うままに書き付けた。その紙を丁寧に畳んでモリーに渡す。

「これはいつ開封するか分からないから、そのつもりで保管しておいて」

 渡されたモリーは棚の一つへ片付けた。エリスは大事な物事について書き付けを残し、それぞれを重要度に分けて保管させている。月末にはそれぞれを整頓して増え過ぎないようにも気遣っていた。

「それでは、ルーディリートの部屋に参ります。ついて来なさい」

 立ち上がり命じたエリスの行く手をモリーが開く。城内を堂々と歩く主の後ろを、彼女は静かに追従した。ルーディリートの部屋に到着するなり、再びエリスが命令を下す。

「モリー、この部屋を片付けて」

「畏まりました、ソフィア様」

 主がいなくなったルーディリートの部屋の調度品を片付けるには、モリー一人では難しい。末妹に仕えていた侍女たちも片付けに参加させる。末妹の私物はほとんど残っていなかった。

「母親の里へ隠遁していたというのは本当のようですわね」

 片付けの様子を監督しながらエリスは呟く。彼女は末妹がいた痕跡すら残さないほどに磨き上げさせた。

「その花瓶は、長の執務室へ運んで」

 エリスは部屋に不釣り合いなほどに大きな花瓶の運搬を命じた。モリーが動かそうと手をかけたが、想像を越える重さに動揺する。

「あ……」

 という間もあればこそ、花瓶は床で砕け散った。

「も、申し訳ありません、ソフィア様!」

 モリーは破片に取り囲まれた状況で、即座に謝った。

「割れてしまったものは仕方ありません。それより、ケガはないかしら?」

 エリスは内心で喜んでいた。末妹の存在を想起させる物品を城内に残すつもりは元々なかったのだから。

「私の身を案じて下さるとは、ソフィア様は優しい御方。そのお優しさで私は守られております」

「大事を取りましょう。片付けは別の者にさせますから、あなたはゴミの始末をなさい」

「はい」

 エリスに命じられてモリーは部屋から出て行った。割れた花瓶の破片は別の侍女が慎重に片付けている。この部屋にルーディリートが生活していた痕跡は全く残らない。エリスはその仕上がりに満足していた。

「本人もこの世にいないのですから、遠慮する必要はありませんわ」

 公式には末妹の死去は伏せられている。しかしこうして片付けてしまえば公表する以外に手段はない。末妹に仕えていた侍女たちも次の行き先が決まっており、末妹の死去は公然の秘密であった。

「ソフィア様、ただ今戻りました」

 モリーがゴミ捨てから戻って来る。エリスは優しく微笑んだ。

「モリー、次は巫女部屋の区画へ参りますわよ」

 一同は速やかに移動した。

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