背君
「ランティウス、我が孫よ。お主は我が兄の孫でもある。心して聞け」
「父上、あまり厳しいことは……」
「マナ、お主が甘やかすのが良くないのじゃ」
ファルティマーナが口を挟もうとしたが、長老はピシャリと黙らせる。
「我が一族が地上を放棄してここ、地下世界に移住してより幾星霜、一族が結束して来たのは長を中心として支えて来たからに他ならない」
エリスは神妙な面持ちで耳を傾けた。チラリと兄の様子を窺うが、どうにも上の空に近い。心ここにあらずだ。だが長老の話はクドクドと続く。
「ランティウス、聞いておるのか!」
「ええ、一族の成り立ちと長の立場の解説は、幼少期より聞かされております。キチンと頭の中に入っております」
面倒とばかりに兄の態度は悪い。
「それに私ばかりが責められるのも筋違いというもの。エリスにも、ソフィアの立場を理解させておりますか?」
「それは母が責任を持って……」
「できるはずもないことを。父上がエリスを選んだ理由も、私がルーディリートを選んだ理由も、どちらも長としては正しい選択です。それを認めないならば、私以外を長に選出すれば良かったではありませんか」
兄の言い分にエリスは理解が追い付かない。エリス自身がソフィアであることを兄は否定しているに等しい。それに、エリスもルーディリートもソフィアに選ばれる理由が別とも聞こえる。
「ランティウス、何てことを!」
「お主、本気か?」
「一族の行く末について、私のみが背負うのは如何かと言っているまでです」
「わたくしが、お兄様を支えて……」
「エリスには無理だ」
口を挟もうとしたエリスを、今度は兄がピシャリと黙らせる。
「母上、エリスは本当にソフィアの役割を理解しているのですか?」
「当然です、エリスは優秀なソフィアですよ」
ファルティマーナの慈愛に満ちた口調とは対照的に、兄がエリスに向ける視線は冷たい。
「母上がそこまで仰るなら信じましょう」
「ランティウス、お主は何が気に入らないのだ?」
長老の問い掛けに兄は口を閉ざしたまま答えない。兄はチラリとファルティマーナに視線を移す。視線を向けられた彼女は首を横に振った。
「父上、ランティウスの望みは叶うこともない事柄です。死者を呼び戻すなど」
「死者への思慕は構わぬが、生きて目の前にいる者を大切にせねば、死者も呆れ果てるぞ」
長老の言葉に兄は絶句した。ぎこちなく首を動かしてエリスに向き合う。
「お兄様……」
そっと彼女は兄の二の腕に触れた。堅い筋肉に覆われた逞しい腕だ。
「エリス、もう少しだけ時間をくれ」
「はい、わたくしはソフィアですから、お兄様の支えになるのが役目ですから」
精一杯の笑顔を兄に見せる。だが兄は視線を外した。
「祖父様、最後にもう一度だけ確認しますが、本当に妹は、ルーディリートは亡くなったのですか?」
「クドイぞ、ランティウス。ワシにとっても孫娘、偽りを申すことはない」
「では何故、ソニアの居場所を教えて下さらないのですか?」
兄が未だに末妹に執心しているのは、エリスの心に暗い影を落とす。
「せめて、妹に花の一つも手向けたいと願うだけです。エリス、お前も、そう思うだろう?」
「はい、お兄様の仰る通りです」
いきなり同意を求められて、彼女は考える間もなく反射的に首肯した。
「エリスも同意しています。ルーディリートの亡骸に花を手向ける許可を」
「お兄様、少し落ち着いて下さい」
今にも長老に掴みかかり兼ねない兄を、エリスが落ち着かせようと試みる。
「お兄様の悲しみは理解できます。わたくしもたった一人の妹が亡くなったと聞いて驚きました」
「エリス……」
「けれど、最も身近で世話を焼いていた者ほど、その悲しみは深いのではありませんか?」
エリスが問い掛けるように迫ると、兄は返答に窮した様子だ。
「長として、その悲しみが癒えるのを待つのがよろしいかと存じます」
兄は何も言い返して来なかった。静かに目蓋を閉じて乱れた呼吸を整えている。次にエリスを見詰める兄の瞳には以前のような優しさが戻っていた。
「エリスの言う通りだな。暫く時間を置こう」
優しく微笑んだ兄を見て、エリスは今後の幸せを夢見た。




