背君
「長はこちらの部屋をお使い下され」
若い男性が案内した部屋は充分な広さと、必要な家具を備え付けた一室だった。ランティウスが室内に入ると、荷物持ちの里の者と、兄の侍女が控室に入室する。
「ソフィアの部屋は、この隣です」
廊下を更に奥へ進んだ。エリスの案内された部屋は、兄と同じ程度の一室だ。ただ左右対称になっており、荷物持ちの里の者とモリーが控室に入ったのを確認して彼女はホッと一息ついた。
若い男性とファルティマーナは更に奥へ行ったようだ。
「ソフィア様、宴に臨席する支度の前に、一息入れるようにとソフィアルテ様より言伝がありました」
控室から入って来たモリーが、この後の段取りを説明する。椅子に腰掛けたエリスは半分近くを聞き流していた。頭の中には疑問しかない。長老が姿を見せない理由、死んだと聞かされた末妹が道中にいた理由、その末妹が抱えていた幼女の正体など彼女には謎だらけだ。
「……以上です。ソフィア様、お分かり頂けましたか?」
モリーの説明が終わったが、エリスは何一つ聞いてなかった。
「まずは、会食があります。それからお召し替えをなさって、宴に臨席なさって下さい」
モリーの手短な説明にエリスは空腹感を覚える。朝食から何も食べていなかったことを思い出した。
「会食を終えてから、こちらに一度は戻るのかしら?」
「はい、この部屋でお召し替えです。ですが、私一人では少し不安です。ソフィア様にご満足頂ける装いを準備できるでしょうか」
モリーはまだ若く、衣裳の着付けなどは見習い程度の習熟度だ。
「モリー、気に病むのはよしなさい。いざとなればファルティマーナ様から人手を借りれば済むことよ」
「勿体ないお言葉です」
深々と頭を下げるモリー。
「まずは、会食の準備ですわね」
「はい。普段着ぐらいの装いでとのことです」
モリーは衣装鞄を開いて、持参した衣装を衣装棚へ仕分けしながら、エリスの普段着を用意した。
「それではこちらをお召し下さい」
モリーが用意したのは黒い衣装だった。
「長様と色を合わせました。先程の馬車の中で情報交換しておきましたので」
エリスは満足顔で頷く。着替えて髪型を整え終わる頃、扉を叩く音が響いた。
「はい」
モリーが応対に出る。
「ソフィア様、会食の準備が整いましたので、案内役が迎えに参りました」
「分かりました。それでは参りましょう」
立ち上がったエリスは黒のロングドレスに、黒の手袋、足元も黒靴とランティウスが普段から着用している黒一色と同じ雰囲気だ。美しい金髪は後ろで一つにまとめ、こちらは赤いリボンで結ってある。
「私はお召し替えの準備をしておりますので、行ってらっしゃいませ」
部屋の前でモリーはエリスを見送る。里の女性が案内役としてエリスを先導した。
「ソフィア様です」
入室前に一言掛けた。エリスが入室すると白い衣裳のファルティマーナと、普段通り黒一色のランティウスが向かい合わせに着席していた。ファルティマーナの隣には先程の若い男性が腰掛けている。エリスは兄の隣に着席した。
「お待たせ致しました」
「あなたたち、同じ色の服装で整えましたのね」
対面のファルティマーナが嬉しそうに微笑む。兄は顔を背けていて表情が見えなかった。恐らくは不機嫌なのだろうとエリスは少し落胆する。
「さて、それでは長とソフィアには我が一族との結びつきを強くして頂こうかの」
若い男性が口を開いた。先程と違い口調が年寄りじみている。彼の言葉を待っていたかのように食事が運ばれて来た。
「ランティウス、お前さんは特に念入りに説明せねばならぬかの」
エリスには男性の正体が掴めずにいた。
「良いかランティウス、お主が長の地位にあるのは全ての一族の者の総意の上に立脚しておる。ワシが長老と呼ばれておるのとは本質が異なる」
自らを長老と名乗った男性に、エリスは唖然とする。




