謀り
「情けない姿を見せたわね」
バツが悪そうにエリスは上体を起こした。
「お嬢様はお疲れなのです。充分にお休みになられれば、また以前のようになられましょう」
ティナはそう告げて頭を下げる。つられたように若い侍女も頭を下げた。
「そちらは?」
エリスは見慣れない若い侍女に注意を移した。
「こちらは本日よりお嬢様付きになります」
「モリーと申します」
モリーと名乗った彼女は、どことなくエリスに似ている。
「お嬢様、お目覚めですかな?」
従者のウィルオードが入って来た。彼はモリーの横に立つ。
「本日より、我が娘も共にお嬢様に尽くします。よろしく願います」
彼と共にモリーも頭を下げた。
「お前の娘でしたか。それなら安心ですわね」
身内は多い方が心が休まる。モリーの表情は固いがすぐに打ち解けられるだろう。
「モリーはお嬢様を、『ソフィア様』と呼びなさい」
「はい、父上。本日よりよろしく願います、ソフィア様」
ウィルオードの指示に従う彼女を見て、エリスはソフィアになった実感を得る。
「そうですわ。わたくしはソフィアになったのです。気弱になっている場合ではありませんわね」
不敵な笑みを浮かべて、エリスは昂然と胸を張った。
「ソフィアの継承を滞りなく進めます。みなもそれを念頭にわたくしを支えなさい」
「はい、仰せのままに」
一堂が揃って頭を下げる様子に、エリスは満足顔で微笑む。
ウィルオードとモリーは一旦退がり、ティナら古参の侍女たちがエリスを着替えさせた。
「お嬢様、済みましてございます」
「少しの間、一人にして頂戴」
彼女の指示に従って、ティナたちは退出する。彼女は鏡の中の自分自身を見つめた。一族では女性にしか許されない純白の正装を纏った彼女は、青い瞳で真っ直ぐに見つめ返して来る。
「そう言えば、自分自身に暗示を掛けたことはなかったわね」
どのような暗示を掛けようかあれこれ思案して、彼女は意を決した。鏡の中の青い瞳が金色に輝く。
「わたくしはソフィア、何ものにも恐れず、常に堂々と振る舞いなさい」
エリスは鏡に向かってそう告げた。金色の瞳に意識が吸い込まれる感覚を覚え、そのまま気を失う。
「……ま! ソフィア様!」
若い女性の切羽詰まった声が聞こえる。何度か呼びかけられて、エリスは目を覚ました。
「お目覚めですか?」
「ここは?」
心配そうな表情で覗き込んでいるのはモリーだ。彼女の目尻には涙が浮かんでいる。その彼女の太股の上に、エリスの頭は乗っていた。
「気を失っていらしました」
モリーの言葉を半ば聞き流しながら、エリスは上体を起こして鏡を見る。鏡の中には普段と変わらないエリス自身が映っていた。
「モリー、何ともないわ。ありがとう」
エリスが立ち上がるのを先に立ち上がったモリーが支える。未だに心配顔のモリーに向けて、エリスは自信に満ちた笑みを見せた。
「貴女はソフィア付きの侍女なのですから、もっと毅然とした表情をなさい」
「は、はい!」
モリーは返事をして姿勢を正した。エリスの自信に満ち溢れた笑顔を見ていると、モリー自身も口元が綻ぶ。
「ソフィア様、本日はソフィアルテ様の許で継承の会合の予定です」
「よろしくてよ。それでは参りましょう」
しっかりと床を踏み締める彼女に迷いはなかった。
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次回の更新は6月15日です。




