火種
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「相変わらず、御母様の魔法能力は桁外れですわ」
エリスは溜息を漏らす。実験室の許容限界ギリギリの大魔法を連続で行使してなお、余裕の笑みを見せる母親に対してエリスが先に限界を迎えてしまい、実験を途中で打ち切って部屋に戻って来たのだ。クタクタに疲れた身体を寝台に預けて、彼女はそのまま眠ってしまっていたようだった。
「けれど、その御母様をしてソフィアには太刀打ちできませんって、どうなっておりますの?」
長の正妻であるソフィアは、その強大なる魔法能力で当代随一との呼び声も高い。
「ソフィアになれば、お兄様も私に振り向いて下さるかしら?」
愛しい兄を思い浮かべて微笑んでいた彼女も、その兄の横について回る末妹の存在を思い出して気分を害した。
「それにしても、忌々しい小娘ですこと」
自らも小娘なのだが、ルーディリートの存在はそのことすら忘れさせるぐらいに癪に障る。
「大した能力もなく、口先だけで長に取り入った女の娘」
妹の母フォリーナの評価は概ねこのような感じであった。
「ソフィアの実妹と言いますけれど、それも含めて長は憐れんだのかしら」
エリスが口にしているのは全て、母から吹き込まれた内容だ。
「考えるだけで忌々しいですわ。気分転換に、城内を歩いてきましょう」
エリスは寝台から起き上がり、外出用の服に着替える。いつどこで愛しい兄に出会うのか分からないのだから、出掛ける時は気合いを入れて身嗜みを整えるのが淑女の常識である。姿見の前で佇まいを見直す。鏡の中で青い衣装を纏い、金髪を隠すように衣装より淡い青色のスカーフを巻いた彼女は誰にも負けない輝きを放っていた。
そっと部屋から抜け出し、兄の執務室に向かう。
「これはエリス様、ご機嫌麗しう」
そう声をかけて来たのは、黒髪を伸ばした美貌の女戦士だ。彼女の父は兄の剣技の師で、その娘である彼女も相当の腕前と伝え聞いている。
「これはラリアさんではありませんか。常々兄がお世話になっております」
ペコリと頭を下げて挨拶した。これも母の教えで、実力者は味方につけるように言い聞かされている。
「エリス様、私ごときに丁寧過ぎます」
「いいえ、ゆくゆくは兄の身辺警護を担当されるかもしれませんのに、邪険には扱えませんわ」
エリスがにこやかに微笑むと、ラリアもまた微笑み返して来た。
「エリス様のような方が若君様の正妻であれば、私としても警護に励めます」
「もうラリアさん、気が早いですわよ」
「これは、失礼しました」
エリスは喜びの余り小躍りしそうになるのを抑えて笑顔を振り撒く。ラリアと和やかな雰囲気のまま別れ、奥の角を曲がる。周囲に誰もいないことを確認して、エリスは心の奥底から湧き上がる喜びを爆発させた。
「これで、剣術師範の推薦は固いですわね。こうやって地道に支援を取り付けていけば、あんな小娘ぐらい簡単に蹴落としてやれますわ」
高笑いしそうな勢いで彼女は胸を張る。
「気分が良くなりましたわ、部屋に戻りましょう」
クルリと振り返った彼女の視線の先に、忌々しい姿が飛び込んで来たのはその時だった。
誤字の訂正と、振り仮名の追加を行いました。




