謀り
「これは困りましたな」
三度目を終えても新しい伴侶を選定しないランティウスに、出席していた有力者たちが困惑する。壁際にいる同伴者たちも心配顔だ。このままではランティウスの継承そのものが否定され兼ねない。
「不肖の息子に代わって提案する」
長が業を煮やしたのか口を開いた。
「この場にいる者で、次のソフィアに相応しい者を我々で指名しよう。良いだろう、ソフィアよ?」
「はい、異論ございません」
そう答えたファルティマーナも内心は困惑している。戴冠式の前に次のソフィアと見込んでいた者からは出席の確約を得ていたのだから、見当たらないはずがないと思っていたのだ。
「では、皆の者、この列席の乙女の中で次のソフィアに相応しいのは誰だ?」
長が尋ね掛けると最初に進み出て来たのは鋭い目をした初老の男性だった。
「長よ、恐れながら申し上げます。我が亡き娘は常々申しておりました。次のソフィア様に相応しいのは、エリス様であると」
そう告げて頭を下げたのは兄の剣技の師で、ラリアの父だ。その彼を皮切りに次々とエリスの名が挙げられる。
「エリス、壇上に上がりなさい」
「はい、御母様」
エリスは渋っている兄の手を取り、二人で壇上へ登った。父に微笑みかける。
「皆の者、エリスで良いか?」
喝采。広間には反対する者はいなかった。
「では新しき長ランティウスの伴侶は、エリスとする。我らはここに新しき時代の到来を祝福しよう」
エリスは満面の笑みで一族に応える。ふと人垣の向こうの扉に目を遣ると、そこには一人の女性が立ち尽くしていた。銀髪の彼女は末妹のルーディリートだ。彼女は式が始まる前には広間にいた。それが今は扉に取り縋るように佇むだけだ。壇上のエリスたちに視線を送った妹は、踵を返して立ち去った。エリスはその妹の後ろ姿に勝ち誇るような感情が溢れて来る。
「今ここに、新しき長の誕生を高らかに宣言する」
前の長の声が響き渡り、こうして戴冠式はその幕を閉じた。
式が終わると同時に兄は足早に広間から退出して行く。前の長とソフィアもカミナーニャと共に退出した。一人になろうとしていたエリスの許には侍女頭のティナが近づいて来る。
「お嬢様……、いえ、ソフィア様、お部屋に祝い膳を用意してございます」
「すぐに戻りましょう」
エリスはこれまでの鬱憤が晴れて上機嫌だった。末妹には、さんざん煮え湯を飲まされ続けて来たのだから、今日の戴冠式で出し抜けたのは最高の仕返しが成功したと喜びが溢れて来る。
ところが部屋に戻ると、すぐに父から呼び出された。
「何の御用かしら?」
着替える時間もなく、エリスは速やかに父の許へ向かう。部屋に入ると両親と兄、それに前のソフィアであるファルティマーナが待っていた。
「よくぞ来たエリス、いや新しいソフィアよ」
「御父様、御母様、ソフィア様、お兄様にはご機嫌麗しう」
喜色満面の父母、やや困惑顔のファルティマーナ、不機嫌な兄と、各者各様の態度だが、エリスは普段通り優雅に一礼した。うむうむと前の長、父が頷く。
「ソフィアとしての務めを引き継ぐにあたり、このファルティマーナより指導を行う。その間はエリスをソフィア、ファルティマーナをソフィアルテとする」