謀り
戴冠式の当日がやって来た。兄ランティウスが新しい長となるこの日、長の正妻であるソフィアの指名も行われる。またソフィア以外に長には側室が五人まで許されており、その座を巡って女性たちの鞘当てが激化する日でもある。
「ウィルオード」
エリスは従者の姿を探していた。朝の目覚めから暫くは近侍していた彼が、戴冠式を目前にして行方不明になっている。
「この大事に、どこへ?」
「お嬢様、ウィルオード様は戴冠式に備えて殿方の見張りに行っておいでです」
侍女頭のティナだ。普段はウィルオードが采配を振るっているので裏方に徹しているが、本来なら彼女がエリスの身の回りの世話を一手に引き受けてなければならない。
「そう、それならば仕方ありませんわね」
戴冠式に限らずこの城内では時折、暴漢が出没する。どういう勢力が関与しているのか不明だが、兄が成人式で襲われた事例を思い出してエリスは身震いした。
「何事もなく執り行われるとよろしいですわね」
「左様にございます」
ティナの相槌も、エリスにとっては慣れない。
「それでは身支度を整えさせて頂きます」
ティナの宣言に従って、侍女たちがエリスを取り囲む。まずは女性にのみ許された純白の衣裳が彼女の身を包んだ。
続けて椅子に腰掛け、髪を整える。母親譲りである彼女の美しい金髪は一族の中では目立つ部類なので、普段は髪飾りなどで隠すことが多かった。しかし戴冠式では目立った方が良いので、侍女たちはその金髪を結い上げる。
「お嬢様、今暫くの辛抱を願います」
髪を整え終わり、襟元を布で覆った。化粧品で衣裳を汚さないよう細心の注意を払って、侍女たちはエリスに化粧を施す。唇に紅を塗り、頬に薄く紅を差した。目元が柔和に見えるよう眉を整えて完成だ。普段は厳しく見える表情も今日は柔らかにしたことで、彼女の美しさが映える。
「お嬢様、お美しい限りです」
鏡で仕上がりの確認をするエリスは、自らの容姿に満足顔で微笑んだ。
「ソフィアの座が確定したも同然ですわね」
「お嬢様の仰る通りです」
身支度を滞りなく終えられたティナは嬉しそうに微笑んでいる。仕える主が長の正妻に納まれば、侍女としての格も上がるのが理由だろう。
「それではお嬢様、今宵の食事は祝い膳に致しますね」
「よろしくてよ」
一同は明るい雰囲気のままで部屋を出た。エリスを先頭に戴冠式が行われる大広間へ向かう。
「エリス、いよいよじゃのう」
広間の手前で母のカミナーニャが近づいて来た。彼女はソフィア指名に先立ち、本来の戴冠式に同席していたのだ。ここにいるのは戴冠式が終了したからだろう。
「御母様、如何でしょうか?」
エリスは自らの佇まいを母に披露する。母も満足顔で頷いた。
「我が娘ながら、誰にも見劣りせぬ」
「ありがとうございます」
エリスも誇らしい気分で広間へ入った。既に多くの者が集まり雑然とした雰囲気だったが、彼女が歩を進めると水を打ったように静寂が訪れる。彼女の美しさに一同は息を呑んだ。
「ご歓談を続けて下さいな」
エリスが満面に笑みを浮かべると、呪縛が解けたように一同は会話を再開した。
「エリス様、お美しうございます」
一族の有力者たちが彼女の周囲へ集まって来る。彼女は微笑み返しながら応対した。とにかく好印象を残すのが良いと判断してのことだ。