謀り
「お待ち下さい、お嬢様。どなたか出て参りますぞ」
振り返るとルーディリートの部屋の扉が開いていた。咄嗟に二人は向かい側の階段を昇って身を隠す。息を殺して見守っていると、二人の目の前をランティウスが通り過ぎた。エリスは驚きの余り声を出しそうになったが、自ら口元を押さえて踏み留まる。
そのような二人に気付かず兄は階段を降りて行った。その後ろ姿を見送って、エリスは再び末妹の部屋へ向かう。
「怪しいですわ」
扉には相変わらず不在を知らせる札が下がっていた。エリスは意を決すると、そっと扉を開く。甘い香りが彼女の鼻孔を刺激した。
「これは……?」
室内に入ると、部屋の奥にはルーディリートが全裸で横たわっている。その形の良い胸が上下しているので、眠っているようだ。問題は、何故に妹が全裸なのかだ。
「お嬢様」
ウィルオードに声を掛けられて、エリスは我に返った。両手には魔力が集まり、いつでも魔法を行使できる状態になっている。
「ここでこの娘を殺めても、わたくしが処罰されるだけですわね」
冷静に状況を考察する彼女の胸中はしかし、どす黒い感情で溢れていた。
「ウィルオード、これはつまり、お兄様はこの小娘と情を通じていると考えてよろしいのかしら?」
「懼れ多くも、左様でございます」
「そう、では長の、御父様の懸念は的を射ているのですわね」
エリスの手元に集まっていた魔力は卓上にあった髪飾りを凍らせる。恐らくは兄から贈られたものだろう。
「帰りますわよ」
一度ならず、二度までも兄妹の情事を間接的に確認させられて、彼女の矜恃は崩壊寸前であった。それを悟らせないよう努めて感情を押し殺した声で告げると、エリスは部屋を後にする。出掛けに振り返って部屋の中に魔力の塊を撃ち出した。狙い誤らず卓上で凍っていた髪飾りを粉々に打ち砕く。
「ふん、いい気味ですわ」
後は振り返らず、エリスは自らの部屋に戻って来た。
「ウィルオード、戴冠式は年明け。手筈は整えてあるのかしら?」
「お嬢様の言い付け通り、月の娘が戴冠式に出られないよう整えてございます」
彼は表情一つ変えずに頭を垂れる。
「まずは、会場には入らせます」
従者の言葉にエリスは眉根を寄せた。彼はそれに委細構わず計画を述べる。
「安心させたところで、外へ出します。扉の前に衛兵を立たせ、戻って来られないように致します」
「出た後のことはそれで良いでしょう。けれども、如何ように外へ出しますの?」
エリスには計画の一部に重大な欠陥があるように思えた。
「ご心配はもっともでございます。当日はかの者の近くで気分を悪化させる者を向かわせ、その手助けをするよう仕向けます」
「あの小娘の性格で、その者を助けると?」
「左様でございます」
エリスが訝しんだが、従者は恭しく頭を下げたので、それ以上は追及しない。しかしどうにも穴だらけの計画に思えた。
「不確定な物事が多過ぎですわね」
「お嬢様、案ずるより生むが易しです」
悩む彼女に対して、従者は楽観的だ。だが彼に任せるより他に手段はない。
「お嬢様のご心配は承知致しております。されど、事が露見した折にお嬢様へ累が及ばないよう心を砕いておりますので、詳細については拙に委ねさせて下さい」
ウィルオードが珍しく弁解じみたことを言上したので、エリスはそれで全てを理解した。
「分かりましたわ。ウィルオードに全て任せます。貴方がわたくしを最も大切にしてくれているのは理解していますもの」
そう言って微笑んだ彼女に、従者は深々と頭を下げた。