謀り
〈謀り〉
戴冠式を控えて城内は慌ただしくなっていた。その喧騒を離れた一室に一組の男女が訪れている。
「これをあの子が?」
氷で覆われ床と壁、更に天井からは人ほどの大きさもある氷柱が下がっている。
「全て、お嬢様お一人の力です」
数歩離れた位置で男性が頭を垂れた。
「あれから、十日以上も経ったというのに」
女性の口元に笑みが広がる。娘の実力を推し量って喜びが隠せない。
「ウィルオード、あの月の娘は?」
「お嬢様の足元にも及びません。次のソフィア様に相応しいのは、実力から見てもお嬢様以外は考えられません」
彼が集めた情報を分析した結果だ。
「それでも万が一の事態も考えられる。あの子の望み通り、抜かりなく手筈を整えなさい」
「畏まりました、姉上」
ウィルオードは大仰に頭を下げた。氷漬けの部屋を後にして姉弟は自室に戻って来る。
「お帰りなさいませ奥方様。お嬢様がお目覚めです」
「ウィルオード、後は任せたぞえ」
出迎えた侍女と共にカミナーニャは奥へ引っ込んだ。後事を託されたウィルオードはエリスの部屋に向かう。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
「ウィルオード? いいわ入りなさい」
「失礼致します」
彼が室内に入ると、彼女は着替えの途中だった。下がろうとした彼を、エリスが止める。
「お待ちなさい。すぐに話がしたいの」
「はい」
彼はなるべくエリスの姿を見ないで済むように、壁際で視線を逸らしたまま佇む。
「ウィルオード、わたくしには魅力がありませんか?」
「お嬢様の魅力は、城内の誰しも憧れております」
「世辞はいらないわ。お兄様があの小娘に靡いたのは、わたくしに魅力がないからでしょう?」
「そのようなことはございません」
会話を続ける二人を余所に、エリスの身支度を整えた侍女たちは立ち去る。ウィルオードが視線を彼女に戻すと、そこには美しい華があった。
「お嬢様のお美しさは、私めには眩し過ぎます」
「それでは何故?」
エリスは奥歯を噛み締めた。
「何故、お兄様はわたくしに振り向いて下さらないの?」
その一点が彼女は悔しかった。拳を握り締め、肩を震わせる。その彼女に、ウィルオードは言葉を選びながら声を掛けた。
「お嬢様、僭越ながら申し上げます。若君は照れ隠しをなさっておられるのではないでしょうか?」
「ウィルオード、下手な慰めは不要よ」
エリスは平素の毅然とした態度に戻った。
「これは失礼しました」
ウィルオードは頭を下げる。
「それではお嬢様、これより長の元へ向かいます」
「分かりましたわ」
従者と共に廊下へ出ると、母が待っていた。母娘は黙ったまま城内を進む。行き先は長の執務室。
誰に会うこともなく執務室に到着する。長は執務室の机の前に腰掛けていた。
「カミナーニャとエリス、お召しにより参上致しました」
「おお、よく参った。こちらに掛けよ」
長は立ち上がり、執務室の隅にある長椅子へ母娘を案内した。低いテーブルを挟んで対面に長が腰掛ける。侍女たちが進み出て卓上へお茶と菓子類を並べると、流れるように退出した。