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1.イケメン親友

「助けて」


 仮に普通の男子高校生が感情的に『助けて』と美少女に言われるとしよう。


 きっと殆どがその要求を下心丸出しで飲むだろう。なぜ飲んでしまうのか……相手が美少女だからだ。もう一度言おう、美少女だからだ。


 美こそ正義

 美こそ至極(しごく)


 ここに1人の男子高校生──早川慎太郎(はやかわしんたろう)もそのうちの1人……絶賛美少女による救済を依頼中だ。


 彼女が何から助けを求められようが知ったこっちゃない。


 可愛いから助けたい。

 助けたいから助ける。


 彼の答えは決まっていた。


「まかせろ」


 ちゃんと下心丸出しだ。





 時は3時間ほど前に遡る。






 ────






 明日が土曜日であることで、だるい授業も気持ち的になんとか乗り越えた慎太郎は中学からの親友である晴樹(はるき)と帰ることにした。


 帰り道で2人がした話はアニメやドラマ、映画を見るなどの殆どが休日をどう過ごすかの事だった。


 曜日の感覚は人によるのだろうか? と慎太郎は思う。


 月曜日は休み明けで、気持ちの切り替えが出来ずに辛いという人。木曜日は月、火、水、の疲労が溜まって辛いという人。


 慎太郎は前者だった。


 どっちにしろ金曜日は気が楽、というのは皆に共通して思われているようだ。








 学校からだいぶ離れた2人が、長く続く繁華街に差し掛かった時。慎太郎の半袖から露出した腕に小さく冷たい感触がした。視線を向けると、細かく僅な光を反射した雫がついていた。それが分かったのは肌色との違い、そして──


 空へと視線を変える。


「雨だ」


 学校を出た時から予想はしていた。明らかに空模様が怪しかったからだ。


 その感触は次第に大きくなってきた。


「おい慎太郎、どこかで雨宿りするぞ」

「そうだな」


 今朝、慎太郎は天気予報を見なかった。朝起きてカーテンを開けると、この都会では珍しいことに空は澄み渡っていたのだ。これを快晴と言うのだろうと思っていた。快晴の基準は、空を覆う雲の量が1割以下と習ったことがある。


 雲の量を見たところで快晴か晴れかの違いが分からない彼にはどうでもいいことだ。


 つまりそういうことで慎太郎は傘を持っていない。雨宿りを提案してきたので晴樹も持ってないのだろうと推測する慎太郎。


 2人は近くの喫茶店に駆け込んだ。


「いらっしゃいませ」と言う声とともに出迎えられ、人は少なかったのでそこらの空いてる席に晴樹と向かい合う形で座った。


 外からはひたすらにザーッという音が聞こえてくる。慎太郎が小さい頃にテレビで覚えた砂嵐によく似た音だ。


 それを聞きながら雨で滲んだワイシャツをタオルで拭く。


「いやー危なかったな!」


 と、言う晴樹のワイシャツは少々濡れていので彼によって拭かれていた。


「まぁ、危なくはなかったけどな」


 着替えがないので家に着くまではこの肌に貼り付くワイシャツの嫌な感触ともよろしくしなくちゃ、 と思う。


 この喫茶店にただで居さしてもらうわけにもいかないので何か注文しようとメニューを開く。その1ページ目には画面いっぱいに映し出されたメロンフロート。神々しかった。


(これを頼めって言ってるみたいなもんじゃん)


 晴樹は注文を決めていたので慎太郎はテーブルの端に置いてあるボタンを押した。


 すぐに店員が来たので、メロンフロートを注文した。


 今になって値段を見た。


 420円……高校生でこの支出は痛い。


「それにしてもこの喫茶店、冷房キンキンだな」


 と、口にする晴樹もどうやらメロンフロートを頼んだようだ。


 8月とは言えども湿った服にこの冷房は冷えるな。帰ったら早く風呂に入ろうと決めた。


「そうだな、服が湿ってるし結構冷える」


 すると晴樹の顔は急に真剣味を帯びた。


「……脱いでもいいか」 


 何を言うかと思えば……


「やめろ」


 その後に気持ち悪い、と言いそうになった慎太郎だが、やめておいた。真剣な顔で言うことではないので、変に捉えてしまったが、晴樹には彼女がいるのでそういう趣味がないというのは分かっていたからだ。


 そういうってなんだろうか……聞くな。


「冗談だよ」

「知ってる」


 そこでお待たせしましたと言う声とともに、メロンフロートが定員の手によって2人の元に置かれた。そこに刺さっていたストローにすかさず口をつける。


 一つ気掛かりがあった。晴樹は彼女と帰らなくて良かったのだろうか? とは言え晴樹とは同じ5組で、お互い部活に所属していないためほぼ一緒に帰る。晴樹が誘い、慎太郎が応じると言った形だ。


 晴樹の彼女はこれ以上ない8組に居る。名前は一条雫。愛称は「しぃ」と言うのは散々晴樹に聞かされているので、慎太郎はとっくに覚えていた。


慎太郎は、親友として束縛はあまり気に入らないため、きっと良い彼女なんだなぁと羨む。


(俺も──)


 すると晴樹は両手を組み、ニヤリとした笑みを浮かべ、そこに顎を乗せる形で口を開く。


「お前、彼女作らないの?」

「ぶぉっ」


 ストローで口に含んだメロンジュースは噎せる寸前で飲み込んでいたので危うかった。


 もう少し早くその話をしていたら、今頃晴樹のワイシャツは鮮やかな色と化し、大惨事になっていたであろう。


「わりぃわりぃ、変なこと聞いちまったな」

「……作れたら作ってるよ」


 嫌味気味に言ってみる。同時に慎太郎の脳裏にある女の子の顔が一瞬だけ過る。


「なんでさ、廉なら作れると思うぜー、イケメンだし」


 イケメン……


 彼の嫌いな単語だった。最近の女子高生とやらはすぐ「イケメン」という言葉を口にするという偏見を慎太郎は持っていた。


別にそれが悪いことではないのは当たり前である。が、その単語を聞くとどうも不快な気持ちになってしまうのだ。この気持ちに名前をつけるとすれば、きっと『嫉妬』なのであろう。どうにもならないことなので、慎太郎は最低限の身嗜みは整えてるつもりだ。


 その単語が慎太郎に向けられていると知り頰が緩みかけたが、何年も一緒にいるせいかその言葉は彼のお世辞であるというのを慎太郎は分かっていた。


「イケメンの定義って知ってっか? それはな、お前のことを言うんだよ。俺はただの凡人だ」


 本音である。晴樹は、長身で頭脳明晰、おまけにスポーツ万能の所謂、秀才イケメンというやつだ。彼の身長は晴樹ほどではないが、中学の頃の身長順では、後ろの方にいたという唯一の誇れるところがある。


「嬉しいこと言ってくれるなー。そうだな、じゃあかっこいいでどうだ?」


 かっこいい……


 これなら許せた。どんな男子でも最低限の身嗜みを整え、髪型を決めればかっこよくなれると信じている彼にとってその言葉は嬉しい。


「……頑張ってみるよ。まだ、高校生活始まったばかりだから希望はある」


 言い聞かせるように言った。だが慎太郎はは知っていた。その言葉が甘えであると言うことを……


「ファイト!」


 目を細める晴樹。


 (ああ、いい友達持ったな……なんか自信がついてきた)


 相変わらず晴樹の印象は"とにかく明るい"の一択だ。その榛色を遊ばせた髪からも伝わってくる。


 ふと気づいた時、砂嵐の音は聞こえなくなっていた。慎太郎は窓越しに外を見る。雨は既に止んでおり、外は明るくなっていたのだ。


「よし! 帰るか」


 先に口を開いたのは晴樹だった。


「そうだな」


 よいしょと席を立つ。


 会計を済ました2人は、「ありがとうございました」と言う声と、カランカランというベル音とともに扉を開ける。


 外へ出た瞬間、もわっとした生暖く独特しい匂いが鼻を通った。雨上がりに外へ出るとこんなことがよくある。彼はこの匂いの名前を知っている。


 ペトリコール


 ギリシャ語で石のエッセンスを意味するそうだ。何故知ってるかって言うと、小さい頃彼は自分しか知らなそうなことをネットで調べ、それを誰かに教えて優越感に浸るという道楽があるのだ。


 この効果は片付けをしない幼少期の子供にも効くらしい。「このおもちゃどこに仕舞うの?」と聞くとその子供はおもちゃを元の場所に仕舞うそうだ。やはり人に教えたいというのは人間特有の感情なのだろう。


「なんつったっけこの匂い……ペタリなんとか」

「ペトリコールな」

「そうそう!」


 中学の頃、今と同じ状況下の時に晴樹に教えたことがある。


 うろ覚えにしてもペタリはないとほくそ笑む。


 この匂い、そしてこの雰囲気、これを好きなのは慎太郎だけではないはずだ。


 所々アスファルトに溜まった水溜りを避けながら、2人で繁華街を抜ける。


 ここで晴樹とは道が分かれるのでお別れだ。


「じゃあな!」

「ああ、また明々後日かな」


 そしてお互い、正反対に歩きだす。


 晴樹の足音は、車や人など街の騒音によってすぐにかき消されてしまった。


いやヒロインでないんかい。


次回出ます。

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