8:サイトーさんのスキル
よろしくお願いします。
「「「おおーっ」」」
眩しいほど白い薄造りの乗った皿が置かれると、男衆からどよめきが上がる。
今日の夕食はメガロドンのタタキだ。
世界中の美食家から、至宝のメニューと感涙を流させた逸品。
メガロドンの肉はっきり言って固い。だがその固さは、決して欠点ではない。薄く削ぎ切りにされた身はさくりとした歯応えと、口内を弾くコシの相反する食感を産み出す。
更に表面を高温で炙ったタタキならば、香ばしさと舌で押しただけでも崩れる、ふわりとした柔らかさをも兼ね備えるのだ。特に宮廷では更なる高温を求めて、魔法処理された炙りが珍重される。
肝心の味は、旨味を押し固めた宝石とは誰が言ったのか、表面積が大きいため噛む度に、味が口中で弾ける。
味付けは塩をぱらりと掛けるだけいい......いや塩を掛けるしかなかった。
「なんで塩しかねぇんだよ。俺は王都の美食家先生じゃねえぞ」
「贅沢言うな。他は水浸しか流されたんだよ。あとカマドも使えんから、村に帰るまでメガロドン尽くしだ」
バレウスさんの文句に調理を担当した男衆が言い返す。メガロドンの爪痕は、こんなところにも残っていた。
実際のところ塩も水浸しだったが、塩だけに調味料としての機能に影響はない。
で、何故村に戻らず、船で夕食まで食べてるのかと言えば、船の修理の為である。船倉に浸水箇所が発見された為に、補修と水抜が必要になったのである。
ちなみに、水抜き作業には俺も参加している。
「なるほどのぉ」
俺は夕御飯を食べながら、ガンジスさんに今までの経緯を話していた。
やはりガンジスさんは転生者だった。
転生したのは50年以上前で前世の事はほとんど忘れてしまったそうだ。
「正直言えば信じられん。お前以外の転生者にも何人かあったが、全員が赤子からのやり直しじゃ」
「他にもいるんですか?」
「おう。ワシが出会ったのは五人じゃな......いや四人か。一人は二度会っとる」
二度会ったといのは、リュブリブスの言っていたリピーターというやつかも知れない。
「結構多いんですね。転生者ってもっと稀少なものかと思ってました」
「まあワシは仕事柄、付き合いも広かったで出会う機会も多かったのかもしれん。それにそんなワシですら、出会ったのが十年に一人では、決して多いとは言えんぞ」
ガンジスさんの言葉に納得がいく。ただガンジスさんの仕事ってのが気になる。漁師じゃなかったのか?
「それでじゃ、転生の際の『オプション』は本当に選んでおらんのか?条件さえ揃えば転生してからでも『オプション』は使えるぞ」
「ええ。あのバカ神に説明も無しに放り出されましたので、選んでる暇もありませんでした」
リュブリブス砕けろ。
ニコニコ笑顔の髭ダルマを思い出して悪態が出る。
「カッカッカ、バカ神とはの......ワシの前ぐらいではいいが、あまり外で言わんようにな。うるさい連中もおるしの......しかし困ったの......ん?お前、説明も聞かずで【鑑定】が使えたんじゃ?」
「スキルの存在は聞いておりましたので、当てずっぽうに使ってみたんですよ。とはいえ使えたのは【鑑定】だけでしたが」
使えたのは【鑑定】だけだった。【言語理解】も不自由なく皆と話せてるから使えてるのかも知れないが、【神託】は留守電だった。
リュブリブス呪われろ。
「そういうことか。基本を教えとらんとは、お前の言う通りバカ神かもしれんのぉ......『スキル・システム』すら聞いておらんとは」
ガンジスさんの言葉で全部がわかった。『ステータス』でも『メニュー』でも『インベントリ』でもなく、答えはこれでしたか。はぁ......やっぱりリュブリブス死ね。
「【スキル・システム】」
《パッシブ・スキル》 【言語理解】【魔法理解】【剛健】【ヤドリギの寵愛】
《アクティブ・スキル》 【鑑定】【神託】【流星雨】
《称号》 【リュブリブスの誓約者】
頭の何処かに画面が浮かぶ。見えているのに、場所が分からない不思議な感じ。
空想した時に絵柄が浮かぶ場所が一番近いのだろうけど、明瞭な表示なのは初めての体験だ。
【転生パック】の三つ、【鑑定】【言語理解】【神託】はいいとして、残りは五つ。
まず【剛健】。雰囲気で分かる。こっちに来てから、俺の身体がやけに健康になってるのはこれのお陰だろう。
次に【ヤドリギの寵愛】。サッパリわからん......いや、一つ心当たりがあるな。クリスマス、ヤドリギの下にいる女の子にはキスをしていいとか言う、あの甘酸っぱいやつだ。
ちょっと俺の中のリュブリブス評価が上がる。
そして【流星雨】。......危なくないか?これ。ナントカ座流星雨みたいに鑑賞して終わりじゃないだろ、絶対。《アクティブ・スキル》ってことは自分で意図しなければ大丈夫なんだろうか。
称号の【リュブリブスの誓約者】はどうでもいいからスルーで。
「なんか有ったかの」
「それっぽいスキル有りました【魔法理解】です」
「こりゃ!スキルを人に言うなと言ったじゃろう」
「あ、すいません」
反射的に謝ったけど、今のは言う流れでしょう。とはいえ、確かに油断が有るのかも。注意しなければ。
「【魔法理解】か聞いたことがないのぉ。ともあれ名前からして魔法スキルに違いないわけじゃし、お前が魔法を使えたのは、そのスキルが原因で間違いなさそうじゃの......スキルが手に入った理由は分からんが」
そう言ってガンジスさんはメガロドンを食べ始めた。スキルの話は、終わりということだろうか。それとも小休止だろうか。
俺もメガロドンに手を伸ばす。コリコリりクニュクニュ美味いけど、醤油が欲しいなぁ。
夜は甲板で雑魚寝だ。船室の水はあらかた除去されていたが、不快指数MAXの湿気は健在だ。そんなところで誰が寝ようか。
夜間作業も提案されたが、即座に却下されていた。照明関係の道具もやっぱり水浸しだったり、流されたりしていて、暗闇ではどうしようもない。
端材で松明を作ることも出来ただろうけど、雑多な環境下で炎を使うのは、船乗りの本能が許さなかったようだ。
船を外洋特有の大波が持ち上げ、下ろす。風はなく、とんでもなく大きな揺り篭に揺られている感覚だ。
ガンジスさんの話を思い出す。
この世界のこと、一般常識、注意すること。
当たり前なんだろうけど、この世界にも国があり、人々が暮らしている。魔法が有って、スキルが有ってゲームみたいな世界だとガンジスさんは言った。でも、ゲームではない世界だと注意もする。
そのときのガンジスさんの顔は、すごく辛そうだった。
『お前はどうする』と聞かれた。
願望は有る。元の生活に戻ることだ。だけど、俺が本当に死んでいるのなら叶わない願いだ。
ガンジスさんが言っているのは、そういうことじゃない。『この世界でどうするか』だ。
彼にとって俺がこの世界で暮らすのは決定されたことで、例外はない。
ガンジスさんは、ガンジスさん達転生者は選らんでここに来た。ここに生まれた。ここで育った。彼らの『どうする』はここで生きて行くことだろう。
それに比べて俺は選んでいない。生まれていない。生まれも育ちも日本の地方都市だ。転生者達と違うのは『拠り所』の存在だ。
そうか。ならば俺も探そう。探すとしよう。俺の拠り所を。俺の居場所を探そう。
見つけてからもう一度考えよう。今度は俺の基準で『どうする』かを。
俺は天頂の二つの蒼月......群青の月と紺碧の月というそうだ。地球では絶対に見られなかった光景を見つめる。
月はそのサイズからじっと見ていると、こちらに落ちてきそうに錯覚する。群青は鉱物の紺碧は海の青を意味するそうだ。
手を伸ばして掴もうとしたが、もちろん掴めない。
結局は問題を先送りにしているだけなんだろうけど、気は楽になった。
意味もなくフフと声が漏れる。
「早く寝ろ」
ガンジスさんに怒られてしまった。