5:サイトーさん初めて漁をする
よろしくお願いします。
「しかし船が沈んで遭難かぁ。そりゃあ災難だったなあ」
「ええ、本当に助かりました。バレウスさん達に会えなかったらあそこで野垂れ死んでましたよ」
俺は向かいの髭ダルマ......バレウスさんに礼を言いながら、網を引く。網はただ無闇に引くのではなく、船首にいるお爺さんが叩く太鼓に合わせて引いていた。
じわじわ絞られる底引き網は、大量間違いなしだ。網の間を無数の銀魚が跳ね回る。
「おお、恩に着てくれよ、たっぷり着てくれ」
バレウスさんが答えると回りの男衆から笑い声が上がる。もちろんたっぷり着る。
聞いてみると、あの漁師小屋は無人島だそうだ。真水も無く雨頼り。漁師が立ち寄る頻度もそれほど多くない。
聞けば聞くほど九死に一生を得ていた。
「くっちゃべってないで網ひけぇー」
「「「うぃーっす」」」
船首からお爺さんが怒鳴ると男衆が返事をする。
どーんどーんと音が鳴り、息を揃えて網を引く。
知り会ったばかりの人達のはずだが、妙な一体感を覚えてがむしゃらに引く。
身体能力は遺憾なく発揮されてるみたいだった。前ならば網を引く前に、網に振り回されていたに違いない。
体育会の仲間意識ってこんな感じのかな。
「新入りーテンポ合わせろぉー」
「うぃーっす」
怒られてしまった。仲間になるにはもう少し経験が必要そうだ。
見掛けと口調と雰囲気の割りに、バレウスさん達は話のわかる人だった。俺の話に同情してくれると、村まで連れていってくれる事になった。
嘘を言ったのは心苦しいけど、異世界の人間がここでどういう扱いを受けるか分からない内に、本当の事を知らせるわけにもいかない。
親切で乗せてもらった船だったが、ただで運んでもらうのも気が引けた。
手伝いを申し出ると最初は遠慮されたが、『是非に』と頼むと仕方なく網引きに加えてもらえたのだ。
「サイトーさん食ってるかー」
「いたふあいてます......んぐ......捕りたては美味いですね」
「そうだろ、そうだろこれがあるから、漁師を止められねぇ」
そう言うと、バレウスさんは刺身を乗せたご飯をかっこむ。因に俺はサイトーじゃありません。どうにも彩人は発音しにくいようだ。
「お前が止められないのは、力しか能がねえからだろ」
「「違いない」」
俺も食べる。ご飯の上に乗っているのは【鰆】の刺身だ。味付けは魚醤らしい癖のあるタレに、臭いから柑橘類の果汁も掛かっているのが分かる。
ご飯は長米種。タイ米と言った方が馴染み深いか。
ご飯は水分が少なくパサついた感じだが、癖の有るタレが染み込まない様で米と刺身のそれぞれの味がくっきりと分かる。
日本の海鮮丼とは方向性が違うが、これはこれで絶品と言える美味さだ。
獲れたて、出来たて。いや、美味さの理由はそれだけじゃないだろう。気心あう人と一緒に食べているからだ。
それに手伝っていなけりゃ、肩身が狭くて味なんか分からなかったろうしね。
「しかし驚いたよな、サイトーさん思ったより力有るんだよ。正直、めんどくせぇ事を言いやがるって思ってたけど、いやいや見込み違いだった。すまねぇ」
「ちょ、こっちが無理を言ったんですから当たり前ですよ。俺も初めての事で、おっしゃる通り色々面倒かけてますよ」
頭を下げるバレウスさんを慌ててフォローする。
「そうか。んじゃお互い様だ。がっはっは」
バレウスさんの話では昼食後、船は村に戻る事にしたそうだ。
昼からもう一度網を張る予定を変えての帰村だ。理由は予想外に大漁だった為に、生け簀が一杯だからだと言う。皆は口にしなかったが、原因の一つに俺の存在が有ることは間違いない。
暗に、自分は急いでいないからと漁の継続をすすめてみたけど、いいのいいのとうやむやにされてしまった。まったく感謝のしようもない。
昼食後、皆が船上でそれぞれの仕事をしている。大きくは操船と地引網の整備。何人かが、船の中央の生け簀からゴミや外道を取り除いている。
暇そうに舳先で寝転んでいるお爺さんも、岩礁を見たり天候や風向きを読んでいるそうだ。確かに時おり手を振って、指示を飛ばしている。
で、俺が何をしているかと言えば、暇をもて余している。手伝うには技能が必要な事ばかりで、流石に手伝いを申し出ても丁寧に断られてしまうのだ。
甲板の掃除ですら、夕方に雨が降ってからとお爺さんにダメ出しされてしまった。
ぼんやり海を眺めていると、舳先のお爺さんが手招きする。俺が自分を指差すとお爺さんは頷く。
「なんですか、お爺さん」
「ガンジスじゃ。お前さん暇じゃろ。見張りは多いに越したこたあない。艫に回って見とけや」
ガンジスはお爺さんの名前だろう。なんだか妙に名前が似合ってる。
「何を見ればいいんですか?」
「岩礁はワシが避けとる。後ろから何か来ねぇか見とれ」
「なんか......海賊とかですか?」
俺の質問にカッカッカと笑うとさっさと行けと言わんばかりに、手を振られる。どうも冗談だと思われたらしい。
仕方なく船尾に向かう。うっとおしいから追い払われただけかも知れないけど、仕事は仕事だ。
縁に腰かけて、波の動きと空を一緒の風景として見つめる。
そういや俺ってば船に酔う質だったんだが、気分が悪くなる気配は一向にない。これも身体能力関係か。
分からないと言えばこの船の推進力もそうだ。船に帆がないのに疑問を感じなかったのは、地球の船になれていたからだ。そもそも船そのものに知識も無い。
とは言うもの、この船からは、エンジンオンもモーター音も聞こえてこない。それだけでも違和感は大きい。
そんなことを考えながら長々と見ていると、小さな影が水面に映る。
「うん?【鑑定】」
【海水】 海の水。ミネラル豊富だが、塩分が多く飲用には向かない。
距離が遠いか、タイミングが遅かったか鑑定は海水に反応した。
俺は海面をじっとにらむ。再び黒い影が現れ俺は【鑑定】を使った。
【メガロドン】海棲。ネズミサメ族。極めて凶暴。食用可。魔石を持つ。
メガロドンってなんだ?