2:サイトーさんサバイバル開始
よろしくお願いします。
見上げる二つの月は、地球のものより遥かに大きい。距離が近いのかでかいのか、俺には分からない。
ただ月と一緒に見えた太陽も気になる。変わったところがある訳じゃないんだけど、高度が低めだ。
今の季節も何も分からないままだけど、夜の事を考えなければならない。
「さっきまでファンタジーな感じだったのに、こっからはサバイバルドキュメントかよ!」
俺はそう悪態をつくと、海から上がる。靴下で足を拭くと裸足で靴を履いた。
砂浜を見回すが目につくものは何もない。内陸側は鬱蒼とした森で、砂浜の先には岬が見えるが人工物は見当たらない。水平線に船が見える、なんていう御都合主義も期待薄だ。
とりあえず直射日光を避けて森に近付くが、森と呼べるほど、ささやかなものではないことは直ぐに分かった。
まんまジャングル。完全に熱帯雨林。ここに入るのは非常に怖い。
しかし浜寄りの生え際を含めて、少なくない椰子の木が有ることが分かったのは僥幸だった。
早速めぼしい何本かの椰子のそばを漁ると、新しい椰子の実を発見した。
これで最低限の飲み物補給が出来ると喜んだのも束の間、この椰子の実をこじ開ける道具が無いのに気付く。
辺りを見回すが、石はない。有っても腐葉土か砂に埋もれた先だと検討がつく。
念のため持ち物を確認するが、コピーブランドの腕時計、財布、家の鍵、スマホにライター、ミントタブレット。
タバコは吸わない。ライターは太鼓持ち専用だ。タバコを吸おうとしたときにさっと出して付けると口ではいらないと言うが、たいてい満更でもないのだ。営業時代のまま今でも持ち歩いている。
閑話休題。
それはともかく、使えそうなのは鍵とスマホだろう。だが、鍵には鋭角な部分が少なく、スマホは破壊が必要だ。歯でかじったり、実をどこかにぶつけて中身を啜るのは最後の手段にしたい。
俺はため息をつくと砂浜に目を向ける。
まだ日は落ちていないが影は長くなってきた気がする。水を探しに森に入るか、海岸伝いに歩いて岩場を探すか。後は海の中か。
「海岸一択だな」
森の端を海岸線に沿って歩く。森から時折聞こえる鳴き声にビビりながらも岬に向かった。
5~6キロメートル先と目算を立てていただけど、半時間もかからずに岬の先端にたどり着く。予想の半分ぐらいの時間だ。目算も悪かったのだろうけど、ちょっと早すぎる。日頃あんまり歩かないから、ペース配分が分かってないんだろう。あまり飛ばしてスタミナ切れも避けたい。喉はまだ乾いていないが、こっちは時間の問題だろう。
「ウォーキングくらいやっておけばよかったなぁ」
健康診断の度に運動不足を指摘されていた事を思い出す。
岬を回り込むと少し先に岩場を見つけた。足を止めて辺りを見回すが、やはり人の気配は無い。
落ちている石は全て角が取れて、椰子の実を剥くには不向きそうだ。
俺は手頃な石を持ち上げると、大岩に叩きつけた。
ーーーバカン!
予想していたより大きな音を立てて石が砕け散る。石の脆さに不安を感じるが、今度は加減して石をぶつける。
それでも大きな音が響くが、石は鋭利な先端を残して何個かに割れた。
「よしっ!」
俺はガッツポーズをすると尖った石を手にした。石器というには原始的だが、最低限の機能は確保したと思いたい。
比較的小さめな石もポケットに入れる。
森に入ると苦労せず椰子の実を発見した。
胡座を組んで間に椰子の実を挟み、ガシガシと石で削って行く。皮は思ったより柔らかく、直ぐに穴が開いた。
で、これを飲むわけだが......。
あまり考えないようにしていた事実に、とうとう向き合う事になってしまった。
「これ飲めるのか?」
ここは異世界。見かけは元の世界の椰子の実と変わらない。もっとも椰子の実自体、旅行先で椰子の実ジュースを飲んだことがあるぐらいで、その記憶も適当だ。
実のところ同じ理由で海でも海水が口にはいるのを避けていた。
匂いを嗅ぐと記憶にある青臭さがほんのり、記憶に無い甘い香りが少し。
飲めるとは思うんだが、もう一歩踏ん切りがつかなかった。
うんうん悩んだ末に、リュブリブスの言葉に思い当たる。あいつなんかスキルがどうとか言ってなかったか?
思い出すと何かゲームの説明みたいなことを言ってた様な......。
まさかーーー。
「ステータス!」
俺は声に出してステータス画面を呼び出す。
「メニュー!」
メニューを呼び出してみる。
「インベントリ!」
半分自棄になってアイテム画面呼び出す。
もちろん何も起きませんでした。
誰にも見られてないんだけど、何コレすっげえ恥ずかしい。
まあゲームみたいにはいかないか......リュブリブスの言ってたことは気になるけど、世の中そんな甘いわけもないか......。
「【鑑定】」
【椰子の実】 椰子の果実。果肉、果汁共に食用。
世の中は厳しかったですが、異世界と椰子の実は甘かったようです。