9:サイトーさんと貴族様
よろしくお願いします。
修理停泊は1日で済んだ。船は村へと錨を上げる。
ただし修理に使う資材は修理途中で底をつき、本当の意味で騙し騙しの航海となった。
騙しの片棒を担いでいる俺は、大墫を担いで船倉と甲板を行き来している。船倉の浸水はほぼ止まっており、村まで力押しでなんとかなるだろうという目算だ。
止まっているのはあくまでほぼなので、水抜きは必須だ。
大墫を運ぶのに、重さは特に負担に感じないのだが、通路の狭さと船の揺れが厄介極まりない。ばしゃばしゃと中身を溢しながら歩く。
「あんまり無理すんなよー」
すれ違う男衆と声を交わしながら甲板へ。墫の中身を海へぶちまける。
火傷は直ってる筈もないんだろうけど、痛みは感じない。
ふう、と一息つくと手の甲で額の汗を拭った。
ポケットのハンカチを物色したが、ポッケの穴に当たらない。
そういえば、借りた服に着替えてるんだった。
「サイトー、飯だぞー」
昼は交代で食事だ。なんか楽しみがメシだけになってる気がする。
実際、この世界に来てからの食事は、品数は少ないものの、味にはおおむね満足していた。
別に俺はグルメって訳でもないんだけど、他に楽しみが無いのが悪い。
昼食のメニューはメガロドンのステーキ。それと魚の蒸し物。バレウスさんがカマド回りの復旧を優先最優先にしたお陰でメニューの幅が広がっていた。
その後、バレウスさんはガンジスさんに殴られていたけど。
蒸し物に使われている魚はスズキ。元々少ない脂が、蒸しによって更に落ちている。一見パサついた食べにくい料理に思えるが、ポイントは容器に溜まったスープだ。スズキの身をスープにほぐし入れてから一緒に食べる。と、スズキの身が口のなかで開花する。
味付けのベースはワインビネガーの類いか。酸味の中に軽くフルーティーな芳香が、鼻を抜けた。
メガロドンのステーキは逆に脂たっぷり、こってりだ。昨日のタタキは【火槍】で焼かれた部分と生の端境だったが、今日のステーキは完全に火が通った部位が使用されている。
切り分けた肉が更にカマドで炎に炙られ、香ばしさを加えていた。
表面はカリカリ、中はしっとりじんわりと肉汁が染み出した。
当たり前だがどっちも美味い。
「腹を決めたようじゃな。顔から険が消えとる」
ガンジスさんが通りがりに声をかけてくる。
ガンジスさんには感謝しかない。同じ境遇とはいえ、色々気遣ってもらっている。
「ええ、考えないことを決めました」
「それでええ。若いんじゃからな。『考えるな、感じろ』ってやつじゃ」
「ブルース・リーですね」
ガンジスさんがブルース・リーを知っていることに内心驚いたけど、こっちと向こうの時差なんて分かりようもない。とりあえずそういうものだとだけ理解しておく。
午後も水汲みを続ける。
甲板と船倉を十往復した頃待望の声が聞こえた。
「村が見えたぞー!」
ガンジスさん達の村。名前は『ハグロック村』と言うそうだ。
ゆっくりと船が進み、村の全景が見えてくる。
俺はそんな風景をバレウスさんと並んで見ていた。
村は入り江に有り、入り江から奥の丘陵に向かって建物が並んでいる。
長い桟橋がいくつも有り小型船が繋がれている。ほとんどは帆掛け船だ。
大型船もある。入り江の奥に大きな建物が有り口を開けており、この船と同規模の物が停泊していた。
海側の建物は石造りが多く。丘陵側は木製建築が多い。海側は湾口施設で、丘側が住宅地じゃないかと見当を付けた。
砂浜の部分も有るがほとんどは護岸整備され埠頭が延びている。
てっきり寂れた漁村のイメージを持っていたのだが、村というには規模が大きすぎる。
なにより集落を、石造りの外壁が覆っているのが物々しい。
「大きい村ですね......港町なんじゃないですか?というか砦?この国の村って、こんな感じなんですか?」
「そんなわけないだろ。うちの村がちょっと変わってんだ......王都の徴税官も、こないだ昇格願いに来たが、親父が門前払い食らわしてた」
「門前払いって......徴税官て役人でしょう?大丈夫なんですか」
「腐っても貴族だからその程度はな」
バレウスさんの言葉に俺は驚愕する。
「貴族?あのガンジスさんが?するとバレウスさんは跡継ぎ......」
「お前言うようになったなぁ......まあ貴族って言っても一代貴族だからな。俺は跡継ぎというより倅だよ」
バレウスさんは苦笑して答える。
一代貴族。言葉から直感的に意味はわかった。大雑把に考えて、ガンジスさんが何かの功績で授爵したということだろう。
「あ、それってガンジスさんの仕事と関係あるんですか?」
「なんだぁ?親父そんな事も話してないのかよ。ったく」
バレウスさんは頭をガシガシ掻く。
「屯海兵って知ってるか?」
俺は首を振る。
「平時は漁師、戦には水軍となって戦う民兵だ。その屯海兵で親父は手柄を立てて、ここの村は親父の率いる屯海兵の村ってわけだ」
どうやらまんま屯田兵の海版のようだ。国が通商破壊目的に海賊行為を許可した、私掠船とも違うようだ。むしろ海賊を駆除する側だと怒られてしまった。
埠頭に近づくとバレウスさんがロープを投げる。埠頭にいた別の男衆が受け取り素早く固定した。
何本ものタラップが船に掛けられ、村から人がどんどんやって来た。
巨大な包丁に、ナイフ、直刀みたいな物にノコギリ。例外なく全員が刃物の類いを手にしている。
甲板に乗り上げたメガロドンが瞬く間に解体されていった。マグロの解体ショーなんて目じゃない。
ずっと見ていたかったけどそうもいかない。切り分けられたメガロドンをどんどん村の倉庫に運んでいく。
倉庫の中はひんやりと寒い。これも魔石を使った道具のお陰だそうな。
魔石なんでもありだな。
初対面の人達にも遠慮なくこき使われ続けて、仕事が終わったのは夜も更けてからだった。
「滝口彩人と申します。しばらくお世話になります」
俺はガンジスさんの家に居候することになった。流石に甘えすぎだと最初は断っていたのだけど、結局押しきられてしまった。頭を下げると恰幅のいい女性が手をぱたぱたと振った。
「いえいえ、こちらこそサイトーさん。自分の家と思って遠慮しないでくださいね」
ガンジスさんの家族はバレウスさんとこちらの奥さんラミカさん。あともう寝入っている娘さんのアミカちゃんの四人だ。もう一人、カシアスという息子さんがいるんだけど、王都の学校に通ってるそうだ。
そのカシアス君の部屋に案内される。居候の間はこの部屋を借りることになった。
部屋は八畳間ぐらい。独りなら狭くもなく広くもなく。ワンルームマンションと比べて少し狭い位だ。
ベッドに横になって天井を見る。貴族の館というには飾り気もなくささやかな作り。
家自体も周りの家に比べてさほど大きい訳でもなかった。
「仕事みつけないとなぁ」
船で働いた給料として小金貨を20枚もらっていたが、生活費に足るかはさっぱりわからない。
貨幣価値もまだわからないけど、ガンジスさん達が算定したんだからブラックではないはずだ。
久しぶりの柔らかな、寝床に睡魔が静かに滲んでゆく。
俺のサバイバルでない異世界生活がようやく始まったようだ。




