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サイトーさんの異世界紀行  作者: しあん
1/11

0:サイトーさんと転生神

よろしくお願いします。



「やあやあ、僕が神様だよ」


 開口一番、目の前のオッサンはそんなアホな事を言った。

 アホ......じゃなかったオッサンは、材質の分からない白いヒラヒラをまとった髭ダルマだ。

 俺の方と言えば少しくたびれたスーツ一式。クリーニングには出しているから、汚くはない。

 

「あ、ああ、こんにちは。滝口彩人と申します」


 よくわからないまま、俺は日頃の習慣で挨拶を返す。社会人の常識ってやつだな。


「うんうん。サイトー君だよね、君の担当になったリュブリブスだよ。短い間だけどよろしくね」


「はぁ......よろしくお願いします」

 

 混乱、疑問、不審、エトセトラ、エトセトラ......。

 ぐるぐる回る頭の中で、俺がとった行動は『愛想笑い』だ。なるほど我ながら典型的な日本人と言えよう。


「うんうん。じゃあ早速希望を聞いていくね。もちろん全て希望通りとはいかないけど、今回はある程度のボーナスーも認められている案件だから、期待してね」


 一方のオッサンはニコニコ笑顔で説明を続ける。

 だが、言ってる言葉は全てわかるのだが、意味が頭に入ってこない。

 なんだかドラマを途中から見たような手探り感。

 流石にこちらから、アクションを取らないと不味い予感がヒシヒシとする。

 これとよく似た経験はある。保険の契約だ。外交員さんの親切な説明をウンウン頷いていたら、支払い金額がとんでもない事になった時だ。

 ニッチな経験だけど、あの時から俺は、人の話をしっかり聞くようになったのだ。


「えっと、神様ですか?」


「うん」


 質問には簡潔な返事。あやふやな返事をする会社の後輩と比べれば、理想的ではあるけれども、俺の得た情報は余りに少ない。

 事務的合理性より、もう少し言葉のキャッチボールが欲しいところだ。

 思い返せばオッサンの話ぶりは、どうにもマニュアル的な所があった。

 ともあれ、キャッチボールを試みる事にする。


「自分で『様』付けっておかしくないですか?」


「いやぁ、僕も柄じゃないんだけどね。職業区分でそうなっちゃってるし、最近は慣れちゃってね。まあ『神様』セットで愛称とでも思ってよ。もちろんリュブリブスでもいいよー。ただ『お前』とか『てめえ』とかは止めて欲しいな、萎縮しちゃって今夜の晩酌が塩辛くなっちゃうから」


 キャッチボールは成功だ。予想以上の情報が得られる。ただ、ほとんどはどうでも言い情報だ。

 けれど、おっさん......いやリュブリブスさんの気持ちは、外回りの営業を経験した身には痛いほど分かるので、よしとしよう。


「じゃあ早速希望を聞いて行くね。まず転生において今の記憶は残す?」


 思い出したくない記憶を反芻している間にリュブリブスさんはさっさとマニュアルモードに戻ったようだ。

 アンニュイだった表情も営業スマイルに切り替わっている......って、聞き捨てならない単語が。


「転生?」


「そうそう転生。生まれ変わりだね。拒否して虚無の海に還る人もいるけど、悲しい選択だよね」


「ちょ、ちょっと転生ってなんですか!俺、死んだの?!」


「ええ。ここに来てるということは、サイトー君の今世は終了しているんですよ」


 ここ?俺は初めて辺りを見回す。真っ白な床が延々と広がっている。真っ白な天井が延々と広がっている。壁はなくただただ広い空間。

 現実ではあり得ない。認識した瞬間知覚出来る感覚は夢の中に近い。だけどこの現実感は......。

 自分の考えすらまとまらない。


「そう。ここはサイトー君の夢の中。サイトー君が最後に見た夢の中」


「ふざけるな!俺は死んじゃいない!生きてるじゃないか!」


 最後。つまり死ぬ前。あり得ない。

 淡々と説明するリュブリブスに、我慢出来ず俺は怒鳴っていた。


 


 どれ程時間が経ったのだろう。優しくこちらを見るだけのリュブリブスさんに、俺は何度罵声をぶつけたのか、何度なじったのか覚えていない。

 ドッキリか陰謀かそれとも俺が狂ったのか。そんな考えが湧いては消える。

 ふて寝をしても眠気はこず、腹具合も変わらず、尿意もない。

 出そうと思えばちょろりと出そうだったが、バカな事だと考え直す。

 次第に考えが纏まってくる。

 俺を騙すだけにこんな大がかりなことはしないだろう。夢ならば別にどうだっていい。起きてから忘れるだけだ。

 俺は、リュブリブスさんの言うことをとりあえず信じてみることにした。悪い人にはみえないからね。

 更に時間が経つ。どれ程時間が経ったのか、やはり分からない。わからなくても困らないのにも困った。

 俺は平静を取り戻していたのだが、大人げなくリュブリブスさんに当たり散らしたのが、今さらながらにばつが悪く、気恥ずかしい。

 口を利くきっかけが欲しかったが、そんなことに頼るのも男らしくない。俺は意を決してふて寝を止めて座り直す。


「......取り乱してすいませんでした」


 頭を下げる俺に、リュブリブスさんが近付いてきた。顔は同じニコニコ顔だが、事務的なものではなく、明らかに心から嬉しそうだった。

 

「いいんですよ。誰しも通る試練。中には死を認められないまま、現世をさ迷ったり虚無へと還る方もいるからね」


 リュブリブスさんはそういいながら片手を掲げた。するとなんの脈絡もなく掲げた方向に畳部屋が現れる。部屋にはコタツや座椅子。コタツの上にはミカンと湯気の立つ湯飲みまで置かれている。

 壁は二面だけありまるでドラマのセットだ。

 リュブリブスさんは僕を手招きすると、率先してコタツに入り湯飲みのを美味そうにすすった。いつの間にかドテラまで羽織ってる。

 俺もコタツに入る。なんと堀炬燵だ。


「俺はどうして死んだんですか?」


 本当に死んだのなら、聞いたところで何が変わるわけでもないが、自分の事を知らないというのは、どうにも気持ちが悪い。

 健康診断の結果がいつも赤点線上の俺は、お世辞時も健康体では無かったが、死ぬような病症も無かったはずだ。

 会社はブラック気味だったが、過労死を身近に感じる程ではない。

 ふて寝している時にさんざん考えたけれど、さっぱり見当付かない。

 リュブリブスさんは俺の気持ちは分かってるとばかりにうなずくと、コタツの中から紙束を取りだしペラペラとやりはじめた。


「ふむ、死因は討ち死にってなってるね」


「は?」


 確かに空気の壊れる音が聞こえた。俺はバカみたいに繰り返す。


「は?」


 神妙に返事を待っていた筈の俺の顔も壊れていたんだと思う。鏡はないけど解る、きっと今のリュブリブスさんと同じベクトルの顔のはずだ。


「おかしくね?」


 三度問うてようやくリュブリブスさんが答える。


「お、おかしいよね......サイトーくん趣味で戦国武将でもやってたの?」


 リュブリブスさんは笑いながら言うけど、俺は額の汗を見逃さない。


「んなわけないでしょ。戦国時代のゲームくらいはやりますけど......あ、ゲーム中に死んだとかですか、自分のキャラが死んだ瞬間にショックで死んだとか」


「それなら、心筋梗塞とか脳溢血とか病名が書かれてる筈なんだけどね......うーんわっかんないなぁ」


「神様なんだから、そこは分かっておこうよ」


「そうは言うけどね、ナポレオンさんじゃないんだから、出来ないことぐらい有るよ......まあ、サイトー君も転生することに納得してくれた訳だし、死因なんて来世には関係ないよね」


 リュブリブスさんは、ふて腐れた様にぷいと横を向く。オッサンがやっても見苦しいだけだ。チェンジを要求したい。


「いやいや、なにナポレオンさんディスってるんですか。それに、まだ転生するとも言ってないし、死因もやっぱり知っておきたいですよ」


「えっ」


「えっ」


「さっきの雰囲気じゃ転生オッケーって流れだったじゃない。僕もう転生申請しちゃったよー」


「まてまて」


「じゃあそういうわけで、転生の説明を続けるね。そうそう、転生が初めてという皆様にはお手軽な【異世界転生パック】をオススメしております。こちらは前世記憶の持ち越しを選ばれたお客様にうってつけ!【言語理解】スキル、【鑑定】スキルが含まれ、いざというときはサポートセンターに繋がる【神託】スキルがあってあーんしん」


 リュブリブスさんの口から流暢にセールストークが流れる。もちろん営業スマイル付きだ。だが目は一切こちらを見ていない。

 信じた俺がバカだった。こいつ強引に事を進めようとしてる。


「おいこっちみろ、まだ決めてないって言ってるだろ!」


「ええっ、今世の事は思い出したくない?そんなあなたには【異世界無双パック】。来世こそ楽しいネクストライフが送れる様にとの神々の願いがこもったスキルの詰め合わせ」


「そんなこと聞いてない、死因教えろって言ってんだよ......つうか来世とネクストライフが被ってるんだよ」


 俺の指摘もリュブリブスは完全無視だ。


「もう、ワガママな人もいますねぇ。ありますともありますとも、今世の苦行ポイントを利用してランダムに初期スキルを増やすオプションもございます、さーあ皆さん転生の準備は出来ましたかー」


「誰に話しかけてるんだよ、あとガチャはやめろ」


 ワガママな人のくだりで、笑い声のSEが入ったのも気になる。


「というわけで、サイトー君。転生先が決まりました。評判が良くってリピート率が高い世界ですから、きっと気に入ると思いますよ」


 転生のリピートって死に戻ってるんじゃないのか?ヤバイ感じしかしない。


「いや、だからな「おっとそろそろ時間ですね。異世界転送が始まります。そうそう、ささやかですが、私からもお礼をお渡ししておきますね」」


 リュブリブスが喰い気味に俺の言葉を潰してきやがる。

 お礼だと?お礼を貰えることなんかやってない。

 これはあれだ、面倒な客に粗品を渡して帰ってもらうあれだな!

 だけど、そんな言葉はもう出ない。身体が光に包まれいや光の粒子に分解されて行く。


「死因の件は調査の上、必ずサイトー君にお伝えしますので......」


 リュブリブスが申し訳なさそうな顔でなにか言ってるが、ほとんど聞こえない。

 あとな、俺は彩人だサイトーじゃねぇ。

 声が全くでなかったのは分かった。そして俺の意識は途切れる。


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