《人類の黄昏と少女たちの蜜月Ⅱ》
西暦二〇六〇年、いつものように人類は滅亡の危機に瀕していた。
「………」
無人の廃墟、その一角。双眸と宝石の輝きはとうに失せた少女の足元には、赤い半透明の肉片が縦横無尽に散らばり、あちこちの地面や建物の表面がべコリと削り取ったかのようにへこんでいた。
あたりを包むのは、耐え難い腐敗と焦げ付きが同化した悪臭だが、少女は無表情に虚空を見つめるのみ。
「……何の用だ、アンヴァー?」
少女がつぶやくように独り言めいて言った。
「あら、気づいてたんですか」
すると、近くのビルの影からいたずらっぽい声が聞こえ、一人の少女が現れる。
長身をブレザーに包む、桃色の神を三つ編みにし、切れ長の目に縁取られた琥珀の虚ろな瞳。そして首元には、己と同じチョーカー。
「気づいていたも何も、あの超巨大型アルファと戦う前には補足できていた。どうせ、人が苦戦してるのをヘラヘラ笑いながら観察してたんだろ」
少し拗ねたような口調で少女が続ける。そこでやっと、表情らしい表情が浮かんだ。
「ええ、正解です。しかしそこでまでわかってるなら”何の用”なんてわざとらしい質問をしなくてもいいはずですが」
「……父さんの通信を聞いたのか」
「はい。『人類を救う鍵がある』なんて、ずいぶんと強気に出るものだと思わず笑っちゃいましたよ」
『喜べ、人類を救う鍵がここにある!』
そうだ、彼女たちの父親である男は確かに通信でそう告げたのだ。
ただそれだけを伝える、数秒のノイズまみれの映像通信。
そこに映っていた父の頬は以前会ったときより遥かにこけていて、目の下にはひどく濃い隈があり、表情は場違いに明るく、徹夜明けのようだった。
(ああ、父さんはついに狂ってしまったんだろう。このどん底の世界をどうにかするなんて、それこそタイムマシンでもなければ無理じゃないか)
最初にその通信を傍受したとき、父が生きていたことを喜ぶよりも早く、少女はそんなふうに思った。
(――だけど、もしかしたら)
しかしそれでも、もはや通信網さえもずたずたで、かつて世界中を包んだワールドワイドウェブどころか電話網もない、そんな今の世界でわざわざ父がこのような通信を送ったことに意味がないなどと、そうは思いたくなかった。
(それに、この無人の世界でアルファを延々狩り続けるよりは、有意義かもしれない)
ゆえにそれは一筋の光明たりえ、少女は己の正気と情報を半信半疑しながらも、通信とともに送られてきた座標を目指していた。
「私もそう思うけれど、でも、どこかでは信じてるんだろう?」
「ええ。それに、たとえお父さまが狂っていたとしても、わたくしはお父さまに再会できるならそれだけでも十分うれしいですから」
アンヴァーは力強く、そう言い切ってみせる。
「ファザコン」
「むう、あなたには言われたくないですよ。昔のあなたったら、何かにつけて父さん父さんってわたくし以上にうるさかったじゃないですか」
軽口を叩きながら、どちらともなく東を見つめる。
「……さあ、行きましょう――ヒスイ。人類を救うため、お父さまに再会するため」
「ああ。こんなこと、早く終わらせないと」
肩を並べ歩み始めるヒスイとアンヴァーが目指すのは、もう間近の『人類を救う鍵』があるという座標であり、進む先はひたすらに無人の廃墟だった。
《人類の黄昏と少女たちの蜜月Ⅱ》・完 第三章へ続く