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第二章②ヒスイ

(――本気を出される前に倒す!)

 突如現れた、琥珀の瞳の少女――アンヴァー。記憶喪失の己が彼女を倒すにはそれしかない――翠の瞳の少女はすぐさま結論を出す。

 ゆえに少女が先手を打つ。動きは最短距離、無防備な左側へ一直線。

 アンヴァーはしかして動かず悠然。右の戦斧はピクリとも動かない。

 ゆえに鋭き刃は彼女に直撃するかと思われたが、

「……!?」

 直前、アンヴァーの左手に集まった粒子が戦斧を形成し、それを受け止めた。

 そうして現れた戦斧は、巨木のごとく、いくら押し込んでもぴくりともしない。

「あら残念」

 そんな隙を敵が逃すはずもなく、こちらの無防備な脇腹に右の戦斧が閃く。

「……ッ!」

 慌てて刃を引き、後ろに飛び退いた。長いリーチから放たれる遠心力を味方にした戦斧は、少女の寸前の空気を切り裂いていく。

(記憶喪失にしてはうまく――)

「逃しませんよっ!」

 しかして追撃は終わらず、少女に心が休まる暇など与えられない。

(奇襲したときに使った手……!)

 そう、次に襲いかかるは縦回転して迫る戦斧。

 速度、以前とほぼ同じ。

 距離、以前よりはるかに至近。

 体勢、回避したばかりであり不安定。

 少女はまるで歴戦の古強者のように状況を一瞬で読み取り、

(だったら……!)

 最適解――剣にて払うように弾いた。

 そう、銃弾のごとき速度で迫る巨大質量を目で捉えて剣で弾き返すという絶技。

 それを記憶喪失の少女は当たり前のようにやってのけたのだ。

「……っ!」

 しかしてその余韻を味わう暇もなく、

「――まだ安心しちゃあ駄目ですよ!」

 明後日の方向へ吹き飛ばされた戦斧の後ろに隠れていたのは、上段からの戦斧。

 距離、もはや目と鼻の先。

 回避、攻撃直後の身体は間に合わない、不可能。

 防御、振り払ったまま伸び切った剣は間に合わない、不可能。

 攻撃、間合い、速度とともに劣る、不可能。

(詰み、か)

 こちらに迫る戦斧がひどくスロウリィに見える中、少女は冷静に思考し、

(……だが、それでもっ!)

 しかし熱く答えを出した。

 ここで自分が倒れたら、リヴァーサスはどうなる?

 この琥珀の少女をこのまま放置し続けたらどうなる?

 記憶などない彼女でも答えは明々白々。

(――今の空っぽな私でも出来ることはある!)

 答えは、刺し違えてでも敵を倒す、そんな結論。

 ゆえに少女はただ、剣をまっすぐ構えて疾走した。


「「……」」

 少女とアンヴァーが交差し、背中合わせになった。同時に、金属が折れたかのような鈍い音が響く。

「……なっ」

 そして次の瞬間、ばたり、少女が左側に轟音とともに倒れた。

 すぐさま立ち上がろうとするが、しかし身体が言うことを聞かない。それでいて妙に身体は軽く、つるつると床に浸された液体が身体を滑らせる。

「……無様ですねえ。あれだけ動けるのだから実に胡散臭いと思ってましたが、記憶喪失というのはどうやら本当のようで」

 振り返り、心底残念そうな目で一切無傷のアンヴァーは少女を見下ろした。

「何を、したっ」

「そう睨まないでくださいよ。こんなことわたくしたちの中では日常茶飯事だったというのに。まあ、落ち着けばわかると思いますよ。あるはずのものがないんですから」

「……!」

 “あるはずのものがない”そんな言葉に、少女は目を見張り、そのまま視線をとある箇所にぶつける。

「……何、これ」

 そして少女はただ、絶句した。

 少女が視線を注ぐのは、その右手があった部分。

 それは二の腕半ばでもぎ取れ、本来付属しているはずの腕と刃は少し離れた場所に乱雑に落ちている。

 しかしてその断面から露出するのは赤黒い筋肉ではなく、白い骨ではなく、ましてや真っ赤な血液でもない。

 それは色とりどりの配線であり、ショートする火花であり、両断された鈍色の骨であり、得体の知れない青の液体であった。

(ああ、やっぱり私って――)

 少女は悟る。

(人間じゃなくて、アンドロイドなのか)

 例えば、少女が倒した単眼や、このアンヴァーという少女と同じように。

 義肢であるなどという可能性を、記憶ではない何かが否定している。

 そんなふうに、少女の中には奇妙な納得があった。

「……もう一度訊きます。あなたは自分の記憶を取り戻したいと、そう思いませんか? 機械で出来た己が一体何のために作られ、何のために戦ってきたのか。そこで押し黙っている化物と引き換えに」

 喉元に戦斧の刃を突きつけて、アンヴァーが言う。

 化物――リヴァーサスを交換条件にする必要など、この圧倒的に彼女が有利な状況ではどこにもなく、ただ単純に少女を屈服させたいだけだろう。

(なんて嫌な女)

「知りたくないんですか? たかが人ではない、人に仇なす化物一匹。記憶と引き換えには安すぎるでしょう?」

「……人に仇なす化物? ああ、あなたのこと?」

 わざとらしく辺りをきょろきょろと見渡したあと、少女はアンヴァーを見つめてそう言ってのけた。

「……なるほど、わかりました。あなたの答えはそれですか」

 残念そうに一度目を伏せ、どこか哀しげにアンヴァーはつぶやく。

「それなら、さようならです。地獄で会いましょう」

 そしてそのまま、戦斧を首に向かって振りかざした。

 頭によぎるのは、金属の塊が両断される鈍い音。痛みもなく、ただ内部機関を破壊され、己は死ぬのではなく、機能を停止するのだろう。

(すまない、リヴァーサス。元には戻せなさそうだ)

 渦巻くのは悔悟の念であり、少女は己の無力さを呪った。


(……ああ、そういうことだったのね)

 右腕を失い、機械の身体を晒した少女を見たカナエに最初に渦巻いた感情は、驚きでもなく恐怖でもなく、納得だった。

 考えてみれば当たり前だ、こんな人形のように美しい少女が、人間であるはずがない。

 人の身でここまで美しいのはカナエ・リヴァーサスだけで十分だと、そう思う。

 ゆえにカナエは疑問さえも浮かぶことなく、その現実を受け止めた。

 では、次に来る感情は?

(なんで……、なんで――)

 アンヴァーの言う通り、今の少女の惨状は記憶喪失が原因だろう。そして記憶喪失の原因はまぎれもなく、カナエだ。

 本来、彼女が抱くべき感情は尋常ならば罪悪感であり、哀しみであり、後悔の念であっただろう。それ以外の何がある?

 だが、カナエ・リヴァーサスは二重の意味で常人ではない。

 ゆえに彼女が抱く感情はひどく場違いなものであり、

(……なんでこんなに奇麗なのよ)

 ひたすらな嫉妬であった。

 そうだ、右腕を失いながらも、少女はあまりに美しい。

 無機的で冷たい筋肉を晒しながらも、青い疑似血液をこぼしながらも、無様に床に倒れもがきながらも、悔しさや哀しさや口惜しさがいくつも混ざったひどく複雑な表情を浮かべるその対比は、まるで一枚の絵画のごとく。

 同じ人でない身でありながら、今のわたしはあまりに醜いというのに。

 絶体絶命の窮地に思い浮かべるには、あまりにズレた思考。感情。

 それらが少女の今の艶姿を見て以来、ずっとカナエの脳裏を支配している。

 端的にいえば、カナエ・リヴァーサスは狂っているのだ。

 あまりにも妬ましい、気に入らない、苛々する、そんな彼女がひどい目に遭っているのは正直清々する。だけど、それでも――

「それなら、さようならです。地獄で会いましょう」

 カナエの触手は少女に迫る戦斧を弾いていた。


「このっ、化物風情がっ……」

 アンヴァーは己に行為に水を差した、鈍色の化物へ視線を向ける。

 そこにいるのは、湯並みを逆さにしたような鈍色のスライム。

 背から生えるのは、鞭のような、蛇のような、尻尾のような、一本の触手。

 以前のあくまで身体の延長線上程度の触手とは別格、鋭い鋭い、ナイフのような刃。

 全身からは水蒸気がもうもうと上がり、熱をここまで伝えてくる。

 嫉妬していたはずの相手を助ける――無意識下の行為。

 なぜ自分の身体がそう動いたのかはわからない。

 それでも、身体が勝手に動いたのだ。

「死に晒しなさい」

 ただ邪魔をしただけでは決して宿らない、質量さえも感じる憎悪をたたえた琥珀の瞳を爛々に、戦斧を振りかざしてこちらに向かって疾駆するアンヴァー――怖い、怖い、怖い、この前の単眼の化物など、これに比べれば赤ん坊のような重圧。

(だけど、退いちゃダメだ……!)

 カナエはそれでも、目を背けない、逃げない、戦う。

 己を鼓舞しろ。

 こんなところでこんな醜い姿で死んでたまるか。

 こんなところで命の恩人を、それもこんなに美しい少女を見殺しにしてたまるか。

《――そうだ、わたしはここで死ぬわけにはいかないし、この子を殺させるわけにもいかないんだっ!》

 叫びとともに、カナエは一撃を放つ。

 圧倒的なリーチの差、触手全体をドリルめいて回転させて生み出す攻撃力、まさしく破壊のための最適解。

 それはアンヴァーの美しい顔に向かってミサイルのように特攻したが、

「――させるか、化物ッ!」

 ギリギリのところで回避され、触手は壁に突き刺さった。

 不意打ちならばともかく、カナエの攻撃はアンヴァーの速さの前では通用しない。

《――ッ!?》

 カナエの手元にはもはや触手はなく、一切の無防備。

「所詮は力だけか、知性なき化物っ!」

 一方、アンヴァーはすぐさまに態勢を立て直し、無防備なカナエを屠らんと全力で駆け出していた。

(――動け、動けっ、動けっ、動けッ!)

 伸び切って壁に突き刺さった触手は衝撃にしびれうまく動かず、まるで金縛りのように、言うことを聞かない。

(ダメだ、もう間に合わ――)

 ピクリとも動かない触手とは対称的に、彼我の距離は絶望的に縮んでいく。

「終わりです」

 ついには致命の間合いに達し、上段から戦斧の質量が襲いかかった。

 思考だけが加速する走馬灯、紛れもない死の淵。

 凄まじき重圧、すでに攻撃を食らったかのよう。

 死にたくない、こんなところで、こんな醜い姿で。

 動かない、もはや動いても無用の触手。

 しかして喉から手が出るほどに欲しい触手。

(――ああ、そうか、これならばっ!)

 突如、カナエの脳裏に天啓が降りる。

 天啓は脊髄反射めいて全身に命令を下す。

 ゆえに戦斧がカナエを頭から真っ二つに叩き割ろうとする寸前、その不定形が一瞬だけ揺らぎ、

「――ッ!?」

 状況は一変した。


 青の液体がぽたぽたと溢れ、大きな水たまりを作っている。

「……くそ」

 水たまりに映るのは、輝きを失った琥珀の瞳の少女。

 少女の右手と左足は吹き飛び、その腹には鋭い触手が突き刺さり、その長身はその触手により宙に浮いていた。

《………》

 その下手人たる化け物が、呼吸音とも鳴き声ともつかない声を上げている。

 胴体には触手が三つ。

 うち二つはアンヴァーの手足をもぎ取った後、所在なさげに揺れているが、最後の触手は未だに彼女の腹に突き刺さったまま。

 しかしてカナエは追撃を行わず、ただぷるぷると震えているだけ。

 そんな状況が数秒ほど続いた後、

《――がっぎゅあああああっ》

 そんな叫びとともに、触手は身体に吸収されるように消えて、アンヴァーは仰向けに床に投げ出された。

《熱い、熱い、熱いっ!》

 続いて奏でられる、醜い、脳に直接響くような絶叫。

 カナエの身体は溶岩めいて赤熱に染まり床を溶かし、激しく上下左右に揺らいでいた。

 その熱さは三日前やつい先程に味わったものとは別格であり、地獄の業火に焼かれているかのような痛みが全身を襲う。

 今までの人生で味わった物理的な痛みをすべて総合しても、この痛みにちっとも届かないだろう、そんな狂った痛み。

 ああ、圧倒的な力の代償はあまりに巨大だった。

「……どうやら、わたくしはあなたを見くびっていたようです」

 痛みに悶え苦しむカナエを尻目に、アンヴァーは己の惨状を露ほど気にしていないかのように、器用に片足で立ち上がりながら言う。悔しげに、しかしどこかうれしそうに。

 次いで、首元の宝石がひときわ強く光り、

「リペア」

 その一言とともに足元に広がる残骸たちが輝く青の粒子に還元されて、彼女を包んだ。

(……そんな、嘘、でしょ!?)

 燐光が晴れると、そこにはありとあらゆる傷が修復され、挙句の果てに両手に戦斧を構えたアンヴァーの姿。

 そうだ、カナエが身体中を激熱に襲われながらも達した攻撃は、いとも簡単に、まるでなかったかのように、そのすべてが回復されたのだ。

「――リヴァーサス、逃げろ!」

 そこでやっと、少女の叫び声が聞こえる。実際はかなり前から響いていた、しかしカナエに認識できるほどの余裕がなかった声。

 しかしそれでも、カナエの身体はそれでもなお動かず、身体の熱は引く兆しさえも見せず身体を焼き焦がし、意識さえも危うい綱渡りの上にいる。

「念には念を入れ、何百分割にさせてあげます、化物」

 嗜虐的な笑みとともに、アンヴァーの双眸が琥珀に輝いた。

(これはっ……!)

 脳裏に過るのは猛烈なデジャブ。

 記憶喪失の少女が使った、残像さえも生み出す超高速移動。

 幾つものジャンク片になった単眼の化物。

 幾つもの断片になりピクリともしない鈍色の化物の幻視。

「アクセ――」

 アンヴァーの薄い唇が死刑宣告を紡ごうとしたその時、

「――させないっ!」

 槍のようなものがその細い首に直撃した。

《――!?》

 青の液体を撒き散らしながら、小さなアンヴァーの頭が吹き飛ぶ。

 琥珀の光条を両目に引いて、口元は言葉を紡ごうとしたときのまま固まっている。

 少し遅れて、首を失った少女の身体が戦斧の重みに耐えかね、青の光条を引きながら前のめりに倒れた。金属の脊髄、その断面が空気にさらされている。

 見やれば、その首を斬り落としたものが床に突き刺さっていた。

(……これは)

 それは、剣を握ったまま固まった腕だった。

 まぎれもなく、アンヴァーによって切り落とされた、記憶喪失の少女の腕。

「くそ、ジャンク風情が不意打ちですかっ! 覚えてお――」

「遅くなってすまない」

 生首の罵声を背に受けながらも、隻腕の少女はその翡翠の瞳で優しげにこちらを見つめ、左手を差し出す。

《――ヒスイ》

 薄れゆく意識の中、カナエが最後に見たのは、そんな景色だった。

 

《……ん》

 目を覚ましたカナエが最初に見たのは、闇に浮かぶ星々たちだった。

 北の空にひときわ強く輝く北極星――ベガがあたりを照らし、そこでカナエは見る。

《――ッ!》

「起きたのか」

 真横には、安心しきった顔でこちらを見つめて立つ少女。

 その身は衣一つまとっておらず、蝋めいて白い人外の肌を容赦なく夜の外気にさらし、星明りにその身を薄く光らせていた。

《………》

 思わず息を呑む。

 控えめな胸、浮き出る肋骨、二次性徴を迎えて少しといったふうの程よい肉付き、引き締まったウエスト、そのすべてが少女が人ならぬ身であることを忘れさせようとする。

 しかしそれでも、この少女はやはり機械であることをカナエは嫌でも自覚させられた。

 右腕は欠損したままであり鈍色の断面から金属の骨や配線を覗かせる。

 首元の無骨なブリキのチョーカーは、よく見れば飾りではなく彼女の体の一部だということがわかる。

 そして、その左半身はあちこちが焼けただれ、内部機構を露出していた。

 より具体的に言うならば、左手首、前腕や二の腕の内側、脇腹、腰、太もも、それらが完全な機械の内部機構、銀色の骨組みをさらし、それさえも表面が黒く焦げたり溶けたりしていた。

 それこそ、まるでとてつもなく熱い”何か”を掴んで小脇に抱えたかのように。

《――何よ、その火傷っ》

 ようやく声を荒げる。

 本来ならばすぐに気づくべきこと、しかし星夜に浮かぶ、ひどくアンバランスに美しい少女に心奪われ、今の今まで気づかなかった。

「逃げるときにアンヴァーにやられた」

《嘘をつかないで、わたしを抱いて逃げたからでしょう!?》

 今は悪い夢だったかのようにすっかり失せた身体の熱だが、少なくとも意識喪失の間際には灼熱の地獄のようだった。そして、カナエは逃げた記憶を持っていない。

「……すまない、そのとおりだ。服もそのときに焦げてボロ衣になってしまった。だけど大丈夫。動くから」

 少女はそう言って、内部フレームが丸出しになった左手をカシャカシャとぐーぱーする。

《いや、そういう問題じゃないでしょ》

 自分のために記憶喪失になり、右腕を失い、挙げ句に次はこれ。なのにどうして平気な顔でいられる?

「そういう問題。だいたい、私が今生きているのはあなたがすんでのところで助けてくれたから。なら、これくらいどうってことはない」

《理路整然な返答ね。そもそもすべての原因がわたしにあるという前提を考えなければ》

「……むう」

 少女は困ったように唸る。責任の奪い合い。

 そのまましばらく沈黙したと思うと、頭に豆電球を浮かべながら少女は言った。

「……じゃあ、私に名前を付けて。それで全部許す」

 それは、アンヴァーの襲撃前に話していたこと。

(それくらいじゃ気は収まらないけど、仕方ないか)

 いい加減諦めて、カナエはすでに考えついていた名前を紡ぐ。

《――ヒスイ、なんてどうかしら?》

 少女の印象的な翠――翡翠の瞳。ゆえにヒスイ。

「………」

 それを聞いた途端、少女はうつむいて黙り込んでしまった。

《あははは、いくらなんでも安直すぎたかしら――》

「――いや、悪くない」

 顔を上げて、少女が、いや、ヒスイが言う。

「ただ、なんだか妙に懐かしくて。もしかしたらそれが私の本当の名前なのかも知れない」

 その言葉には偽りは感じられず、横顔には寂寞とした雰囲気が滲んでいた。

「ありがとう。いい名前だ。リヴァーサス」

《どういたしまして、ヒスイ》

 そのまま二人は、再び握手し合った。

 ただし、今回はカナエの方から触手を伸ばして。

 伝わる感覚は柔らかい肌ではなく、冷たい金属。

 カナエはそれを噛みしめるように握り、その美しい顔を見つめて改めて思う。

(……早くヒスイの記憶を戻して、彼女と並んでも堂々としていられる美少女に戻ろう)

 記憶を失った少女と、見た目を失った少女が、星夜のもとに見つめ合っていた。

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