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エピローグ《ただの日常》

《エピローグ》


【二〇六〇/十二/十三】

 

 すっかり季節は冬となり、放課後を迎えたばかりだというのに太陽は真っ赤に地平線の彼方に沈みかけていた。

 校門を目指し、コートに身を包んだ三人の少女の長い影が伸びている。

「先輩、今日も告白されちゃいました! 入学してから二十八人目です!」

 一人は、うれしそうにそんなことを報告する、長い黒髪を腰まで伸ばした、中学生のような童顔の少女――カオル・タチバナ。二十八人に告白されるのも納得の美貌だった。

「へえ、この時期に珍しいわね。そういうのって四月に集中するものだと思うけど。なんかクラスで勘違いされるようなことしてない? ちゃんとバッサリ断っておかないと――」

 ふわふわした栗色の髪にサファイアの瞳を持った少女――カナエ・リヴァーサスが対抗するように言う。たしかにその美貌は黒髪の少女さえも凌ぐものであり、それがゆえに突っ込みどころがおかしかった。

「多分そういう意味で言ったんじゃないと思うけど」

 二人と比べるとかなり地味に見える、眠そうな目の小学生みたいな少女――ミヤコ・ナイキバラがツッコミを入れる。それでも、けっこう可愛い部類には入るのだが。

「そうですよ、早くしないと誰かに取られちゃいますよって言いたかったんです! ……って、私は何を死ぬほど恥ずかしい解説を」

 カオルが顔を赤くしてうつむく。自爆だった。

「ですけど私は諦めません。世界で一番美少女な先輩には二番目の私がふさわしいのですから」

 幾度とも聞いた言葉を、自分に言い聞かせるようにカオルは言う。

「そう、がんばって」

 他人事のように返す自分は人としてどうなのか――そんな気持ちが過るが、

(まあ、人外みたいなもんだし別にいいか)

 すぐに考えるのをやめた。

「ええ、がんばります! ……おっと、名残惜しいですがここから真逆ですね。また明日」

「うん、また明日」「気をつけて」

 校門の前で、カオルはカナエたちが進むのとは真逆の方向へ進み、手を振って笑顔で別れる。いつもの光景だった。


「ねえカナエ」

 いつもの帰り道を二人で歩いていると、突然ミヤコが口を開いた。

「カオルのこと、どう思ってるの?」

「どうもこうもない、いい友達よ。ミヤコと同じ」

 ためらわずに言う。きっと、スライムになる前なら言えなかった、あるいは思いもしなかっただろう言葉。

「ありがと。……って、そうじゃなくて、なんでカオルの気持ちに答えないのかって話。あの子すっごくかわいいのに」

 顔を赤くしたミヤコは、頭をぶんぶんと振って話の方向を修正した。

「そんなこと言われても、わたしのほうが美少女だし」

 あんなことがあったところで、結局彼女はカナエ・リヴァーサス以上に誰かを好きになることはなかったし、それで構わないと思っていた。

「……いつもどおりで安心した」

「は?」

 ほっと胸をなでおろすミヤコに、思わずあっけにとられる。

「だって、最近ちょっと様子がおかしかったから。例えばさっきだって、昔のカナエならば『わたしはもっと告白されてるけど』とか何故かマウント取ってきたりしてただろうし」

「……ひどいイメージね」

 まあ否定出来ないのだが。

「スライムになって、色々心境が変わったのよ。一度失ってから改めて今の姿を見てみると――カナエ・リヴァーサスってやっぱりこんなにも美少女なんだって、すごく強く意識したの。他のみんなとは次元が違うって。……だから、わたしはわたし以外と争ったりしないわ」

「……何、その理由。やっぱり全然変わってない」

 口調の割にミヤコは笑顔でそう言った。

「まあ、ナルシストじゃないカナエなんてカナエじゃないもんね」

 そこでカナエはあることを思い出した。

「そういえば言ってなかったわね」

「何を?」

「わたしは『超絶美少女フェイス』じゃなくて、『超絶ウルトラハイパー美少女フェイス』でもなく、『超絶ウルトラハイパーギガンティックアルティメット美少女フェイス』よ」

 そう言って、二人は笑いあった。


 カナエは工事が続き復興しようとしている駅前の繁華街を超えて、忘れもしないスライムになってしまった電車の車両に乗っていた。

 あのときと同じで、今日もつり革組だ。だからといって座っている人間にハニートラップを仕掛けたりしないのだが。

「……あれ」

 ふと自分が割ったからか妙に真新しい窓ガラスに視線を遣ると、そこには妙に懐かしい表情の自分がいた。

 横顔に憂いを帯びた――実際は疲れているだけ――のカナエ・リヴァーサス。

(……ああ、この懐かしさは、姉さんのだ)

 そうだ、この表情は姉さんがふとした時に浮かべていた表情だ。

 鏡を見るときはいつも、どうしようもなく締まりのない笑顔になってしまう。だから、久々に見るものだった。

『……姉さん、わたしは姉さんがいなくても、生まれ持った体質のおかげで、ミヤコたちのおかげで、なんとか生きていけてるよ。姉さんと一緒にいた世界も楽しかったけれど、今の世界も悪くないなんて、そんなふうに最近は思えている。……だから、勝手に名前を名乗って馬鹿みたいなことばかり言ってるのは大目に見てね。本当はもっと大人っぽく振る舞いたいけど、それもこれも姉さんが美人すぎるのが悪いんだ――なんて』

 ガラスに映るカナエ・リヴァーサスに心の中で語りかける。

「……あれ、姉さん?」

 気がつけばガラスの中にいる姉さんの頬には、涙がぼろぼろと伝っていた。


「ただいまー」

 すっかり日が沈んだ中、姉さんとカナエが暮らした聖域――すなわち自宅のドアを開く。

 扉を開くと香るのは、胃をくすぐる夕飯の匂い。

 ここ一ヶ月で香るようになったその匂いに、もはやカナエは違和感を抱かない。

「おかえり、リヴァーサス」

 そして現れるのは、翡翠の瞳に艶髪をポニーテイルにまとめた、人形めいて美しい少女。

 パーカーにジーンズ、エプロンとなかなかなにラフな専業主婦めいた格好。

 以前だったらありえない光景だったが、今や見慣れたものだった。

「リヴァーサスじゃなくてカナエ」

 今の自分はその名に相応しいのだからと、カナエは目くじらを立てる。

「すまない、どうにも慣れないもので」

「ところで今日の夕飯は?」

 そう、夕飯。

 ネフライトはあの戦いのあと、特にやることもないという理由で居候兼家政婦と化していた。人類を守るのと食卓を守るのは同義とでも言うのだろうか。

「なんだったか、ロクト……」

「ロウトロクトーン?」

「ああ、それだ。一万年に私がいた世界でもよく似ている料理があった。肉じゃがというのだが」

「へえ、さすがね。ロウトロクトーンは時代さえまたぐ。わたしが一番好きな料理だけはあるわ」

「そうか、ならよかった。失敗しなければいいんだが」

「大丈夫よ。だってあなたとっくの昔にわたしより料理できるようになったじゃない。そのうち姉さんさえ超えちゃうかも」

 そんなことを話しながら、二人は玄関をあとにして家の中に入っていく。

 すっかり寂しくなった無人の玄関には二つの写真が飾ってあった。

 ひとつは、両親と姉妹を写した古い、しかし幸せそうな写真。

 そしてその隣には、対称的に真新しい、四人の少女が満面の笑みでカメラを見つめて各々ポーズをとる、同じくらいに幸せそうな写真が飾られていた。


                            《スライム・ミーツ・アンドロイド!》完

ページにすると170を超えたので講談社ラノベチャレンジカップに応募しました。素晴らしいですよね枚数無制限って。あと二次受かったら担当付くってところも。二次なんて受かったこと一度もないんですけど。

それはそれとして、今作は某ガガガ文庫のライトノベルと某仮面ライダーに設定の面で非常に影響を受けています。よく言えばオマージュ、悪く言えばパクリです。訴えられなければオマージュでしょう。

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