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第五章①すべての始まり

【二〇六〇/十/二十八】


『はじめまして、ネフライト。キミは、キミたちシータ・ロイドは人類を守護し、その敵を討滅するために生み出されたんだ』

 ネフライトの記憶の始まりはこれだったが、それからしばらくの断絶を含む。

『私は人類を救う鍵があると、確かに言ったな――』

 少女の意識がふたたび目覚めるのは、それからしばらく経ったあとのことだった。

 青の液体に満たされたカプセルの中から見える光景は、一人の白衣の男の後ろ姿と、琥珀の瞳に桃色の髪の少女、そして己によく似た翡翠の瞳の少女の姿だった。

『たしかにあの映像をキミたちに送ったとき、私はあれが、オメガが、世界を救う鍵たり得ると信じていた』

『……あの、鈍色の化物が?』

 翡翠の少女は心底信じられないといったふうの顔で、白衣に問い返す。

『ああ、アルファと人間を合成させ、アルファの力と人間の知恵を兼ね揃えた生体兵器――オメガこそが、世界を救うと信じていた』

『……待ってください、あれは、あの鈍色は、人間だったんですか』

 琥珀の少女が顔を青ざめさせて、男にすがるような声で訊ねた。

『……ああ』

『――どうしてそんなことを!』

 心苦しそうに返答する男を、翡翠の少女が心底の怒りの形相で怒鳴りつける。

『人類を救うには、それくらいするしかないと、そう思ったんだ。私は実験への協力者を募り、そして実験は成功したに思われた』

『……でも、そうじゃなかった。そうでしょう?』

『そうだ。実験は失敗だった。実験体たちは人間を喰らい、そうして増殖した分だけ身体を切り離し、そうやって仲間を増やしていったんだ。……ここには三万人の住人たちがいたが、しかしどれだけ残っているか』

『ふざけるなっ!』

『ヒスイっ!』

 今にも飛びかかりそうな翡翠の少女を、琥珀の少女が抑える。

『くそっ、離せっ!』

『……アンヴァー、ヒスイを離してやってくれ。私はキミたちに断罪されなければならない』

 そこには哀しみの響きがあり、しかしそれ以上にその“断罪”とやらへの歓喜が自己主張していた。

『しかしその前に、キミたちに伝えておかねばならないことがある』

 そう言って、男は白衣から何やら小さなメモリを取り出す。

『……ここには、二つの重要なデータが入っている。一つは、オメガの言語を解析した翻訳プログラム。これがあれば、アルファと違って知性を獲得したオメガの動きを読めるだろう。……げほっ、げほっ、げほっ――』

『――お父さま!』

 そこで男は一度、激しく咳き込む。

『大丈夫だ。……それより、次の二つ目のほうが重要なんだ』

 琥珀の少女を手で制して、男は続けた。

『これは、半径三㎞のオメガの擬態を強制的に解除させることの出来る爆弾のデータだ。オミクロン石を使って、人に紛れる連中を――』

 そこで再び激しく咳き込み、男はしなだれかかるように翡翠の少女にそのメモリを託す。

『……わかりました。それで、そこのシータ・ロイドたちは、私そっくりの彼女たちは何者なんです』

 翡翠の少女は確かにこちらを、カプセルの中のネフライト、そしてその横のカプセルを見つめた。

『ネフライトとガーネット。ヒスイ、キミの妹だよ。……本来ならばオメガとともに連携し、アルファを討滅する予定だったん――』

《――いきゅいいいいいあああああいあいあ!》

 言葉を遮るように、男の身体が熱を放ち、鈍色の化物――オメガと成る。

『……やっぱり、そうだったんですね』『……!』

 その姿を、翡翠の少女はただ哀しげに見つめ、琥珀の少女は絶句した。

『ああ』《きぃいいああいあいあ》『私が先程のプログラムを制作でき』《あああああああいいいいっああ》『たのは』《きいいいいあああああっ》

 ノイズめいた鳴き声と、かろうじて声だと聞き取れる声が交互に響く。

『私はもう駄』《きゆいいいいあああああっ》『二人とも、彼女たちのことを大事に』《ああああああっぎいいいっ!》

 最後の絶叫とともに、その身体から触手の刃が翡翠の少女に伸びる。

『………』

 しかして彼女は動かず、もうひとりもまた涙をボロボロとこぼしながら震えるだけ。

『私は、オメガは、人類の敵だ』

 エンゲージリングの直前で動きを止めた男が、苦しげに呟く。

『……ですが、ですがっ! お父さまはまだ誰も殺してなんかないはずです! 何か、他に解決策が――』

『そんなものはないっ! それに、間接的にならいくらでも殺したさ! そしてこのまま直接的にも殺すことになる! お前たちは、シータ・ロイドはっ、たった一人とそれ以外を天秤にかけるのかっ!』

 この期に及んで琥珀の少女は悲痛な叫びを上げたが、男はそれを一刀両断した。

『最期の頼みだ! ヒスイ、私を、オメガを討滅して――』

《――きゅいいいああああいいあああああああ!》

 男の正気の残滓を食らいつくされ、オメガは再び触手を駆動させ、目の前の敵を屠ろうとする。

『――わかりました、父さん』

 ゆえに翡翠の少女は滂沱の涙を流しながら、

『アクセル』

 しかしその翡翠の瞳を閃かせて、オメガを、かつての父を原型さえ止めないほどに解体した。


「そう、この世界に蔓延るのは、もはや己の真の姿さえも忘却した、自らを人類だと思い込んでいるオメガだけだ」

 朝焼けの廃遊園地。記憶とともに身体の負傷をすべて回復したネフライトに、ヒスイは昇る日の中でもうっすら輝く北極星を見つめながら話す。

「知っているか? あの北極星はポラリスではなく、ベガだ」

 北極星は時計のように二万五千八百年周期で一周するために、時間とともに他の星が成り代わる。

「つまり、あれから最低でも一万年以上経ったことになる。私たちはそんなにも長く眠っていたんだ。連中はその間に、私たちのことを、人類のことを忘れ去り、あろうことか自分たちこそが人間だと定義した」

 そこでヒスイは北極星から視線を下ろし、地面に尻餅をつくように腰を下ろすネフライトに続け様にこう言った。

「これが許せるか? 人を騙り喰らいつくしたあの化物が、あろうことか己こそが人間であると言ってはばからない現状を!」

「………」

「ネフライト、確かにおまえは記憶を失ったがためにオメガどもを人間だと思いこんで、あのような蛮行に走った。しかし、今、記憶を取り戻した今ならば何が正しいかわかるだろう?」

 こちらの目を真っ直ぐ見つめて、ヒスイはそのまま手を伸ばす。

「……ああ、そのとおり」

 ネフライトもまた、己そっくりなヒスイの翡翠の瞳を見つめ返して、その手をしっかりと握り返した。

「私には何が正しいか、手に取るようにわかる」

「ネフライト……!」

 姉の顔が歓喜にほころび、そんな彼女の華奢で小さな手を、

「これが、正解だ」

「――なっ」

 こちらに向かって転がすように全力で引っ張った。

(……そうだ、私は記憶を取り戻す前も、そして今も、何が正しいか、わかっていたんだ)

 同時に空いた右腕には、デルタ・グラフェンの塊たる腕輪が変形し、懐かしき砲身の代わりに剣をたたえたガンブレードが顕現される。

「――がっあああっ」

 吸い込まれるようにヒスイの腹にそれは突き刺さり、青の疑似血液が、ヒスイの血がネフライトの顔にぶちまけられた。ついで、己そっくりの短い悲鳴が響く。

『どうしてだ、ネフライト?』

 そう言いたげにこちらを見つめる、哀しみと疑問に満ちた翡翠の双眸を一切意に介さず、ネフライトはただ淡々と動いた。

 ヒスイの手を離した左手には最後のナイフ。鈍く閃くそれは、刃に釘付けになった少女のエンゲージリングに向かって最短距離を目指す。

「――させるかぁあっ!」

 しかしてヒスイもまた簡単には引かず、鋭い頭突きがナイフよりも速く放たれ、彼女はそのまま大量の疑似血液をぶちまけながらも、ネフライトの元から脱出した。

「……そうか、おまえもアンヴァーと同じ、救いようもないジャンクなのか!」

 すぐさま体勢を立て直すと、視界の先には激昂に表情を歪ませ、傷の修復とともにチェーンソーを顕現させるヒスイ。

「違う、私はアンヴァーのようなジャンクではない。……私は記憶を失う前からオメガ――否、人類のすべての守護者だ」

 そうだ、ネフライトは人類を守護する。たとえその正体が、本来守るべきだった人類を滅ぼしたそれの子孫であろうとも。

「……人類? これが? この化物どもが?」

 その言葉を持って、一気にヒスイの表情から熱が奪われていき、その瞳はひどく冷たいものになった。心底信じがたい見る、軽蔑に満ちた瞳。

「ああ、人類は滅んでなどいない。ここにいる」

「……!」

 さらにダメ押し。その断言を持ってして、ヒスイの瞳が完全に殺気だけに満たされた。

「ならば」「だから」

「おまえは」「あなたは」

「「まぎれもなく人類の敵だ」」

 ゆえにこれ以上の言葉は無用、示し合わせたかのように二人の双眸が翡翠に閃き、

「「――アクセル!」」

 青の粒子を放ちながらぶつかりあった。

 

「――ッ!?」

 貴様はもともと化物だ――そんな言葉とともに己を亡失したカナエに振り下ろされたアンヴァーの戦斧はカナエにはたどり着かず、ただ弾かれるだけに終わった。

《させませんよっ!》

 刃を弾いたのは、全く第三者の触手。ふるふると震えながら、しかし絶対にカナエを傷つけさせないという強い意志を持って。

 直後、同じ方向からやってきた第二の触手がカナエを引っ張っていく。

《逃げましょう、先輩っ!》

 そしてそのまま、依然として呆然としたままのカナエを背負い、オメガは逃げるように駆けていった。さながら嵐のように一瞬のこと。

「……なるほど、ガーベラが仕留めそこねた暴走予備因子ですか」

 呆気にとられたような冷たい目をその背に投げかけながら、ぽつりとアンヴァーは呟く。

 そうだ、彼女は本来ならばカナエの家で待機しているはずのオメガの子孫――カオル・タチバナだった。

(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!)

 琥珀の瞳の少女――あのヒスイという少女と同類ながら、しかし自分たちに向ける視線はあまりにも殺意に満ちた存在。

 ただ視線を背中に感じるだけだというのに、あの六本腕よりも遥かに巨大な恐怖に身体が勝手に屈服しようとする。

(――でもっ、ここで私がヘマをしたら先輩もろとも!)

 それでも、恐怖を勇気や義務感や恋心や愛で無理矢理に覆い尽くして、カナエと共に階段を転げるように凄まじい勢いで下り落ちる。

《先輩、一体何がどうなってるんですか! 私は先輩が大変だってなんとなく分かって、それで来たんですけどっ!》

 それはオメガが己が窮地になると飛ばす電波を感じ取ったがゆえ。

 自分には何もできないかもしれない――そんな思考さえもすっ飛ばし、気がつけばカオルの身体は勝手に動いていたのだ。

 たとえオメガであろうとも、カオルはまごうことなき恋する乙女なのだから。

《………》

 しかし肝心の愛しのカナエはというと、まるで魂が抜けたかのように呆然としていて、何を話しかけても反応しない。

《あの、先輩っ、どうして何も言ってくれないんですかっ! もしかしてあれになにかされたんですか! 私、先輩になにかあったら――あっ!》

 久遠とも思えた階段をすべて下り終えて、ついに外への扉が目と鼻の先に現れる。

 ヒビの入ったガラスの押し扉がひどく今の彼女には神々しく。

《やっと外です! ようやくつきましたよっ!》

 歓喜。そのまま扉に向かって跳ねるように向かうが、

「残念でしたあ」

 たどり着く直前で扉は開き、そこからあのおぞましい琥珀の少女――アンヴァーがぬっと現れた。


「どうやって――みたいな顔をしてますねえ。いや、表情なんてのっぺらぼうだからないんですけど」

 アンヴァーは戦斧を持っていない。それでも、凄まじいプレッシャーを放ち、あまりの恐怖にカオルは触手のひとつも放てそうにない。ひどく可笑しそうにニコニコと嘲笑しながら彼女は二人に向かってゆっくりと距離を詰めていく。

「足がすごく速い――なんて言えたら格好いいんですけど、違うんです。ただ窓から降りてここで待ってただけですよ」

《――!》

「その手があったかって顔ですねえ。やっぱり顔なんて無いんですけど。でも、そうなんですよ、今のあなたは化物なんだから窓からダイブすればよかった。そうすれば今よりは状況もましだったかも」

 粘々といやみったらしい言葉はカオルの身体に絡みつくように、後退りするその動きは徐々に遅くなっていく。

「うふふふふふ、それにしても、この度はわざわざ狩られるために来てくれてありがとうございます――暴走予備因子さん」

 その言葉と同時に、カオルたちの背は壁に接した。

 ……もう、逃げ場など無い。

《……だまりなさい、私は先輩を助けるためにここに来たのだし、その目的は今も変わっていない。……そんなことより、あなたは先輩に何をしたんですか。事と次第によってはこの場で血祭りにしてやる》

 それでも、カオルは震える声で反駁し、精一杯強がった。

「別に何もしていませんよ、私はただ真実を教えてあげただけです」

《……真実?》

「そう、真実です。あなた達は、醜い鈍色の化け物が本当の姿なんですよ」

《何をふざけたことを》

 そんなはずはない。本当の自分は世界で二番目に美しい少女なのだ。断じてこんな醜い姿であってたまるか。

「でも、あなただって元はもっとお世辞にも美少女とは言い難い見てくれをしていたでしょう? それがどうしてか自分が憧れていた姿になった」

《……!》

 できるだけ隠してきた、二度と思い起こしたくない過去。それが初対面のはずの相手に、あまりにも容易く言い当てられる。

「なるほど、図星ですか。それこそが、醜い鈍色の化物――オメガの能力であり、あなたは無意識にそれを使っていた。努力でも運でも何でもない、ただ化物が化物らしく振る舞っていただけ。それだけなんですよ」

 その言葉はあまりにも力強く、ひどく荒唐無稽なはずの言葉にカオルは飲み込まれそうになった。だがそれでも、彼女は続ける。

《……仮にそうだとして、ただ化物であるだけで滅ぼされないといけないんだ》

「良い質問ですね。お答えしましょう」

 アンヴァーはそう言って、あまりにも荒唐無稽なことを饒舌に語り始めた。

「私はあなた達の先祖――オメガを滅ぼすために生み出された存在です。そしてオメガは元の、オスとメスのあった人類を滅ぼしかけた。そしてその擬態能力で人間のふりをして、生き残りの人類と交わった。そしてその子孫たちの擬態能力は時間の経過とともに失われ、ただ人間の姿だけが残った。……ごく一部の者を除いて」

 そう言って、二人をひどく冷たい目で見つめる。

「たとえ悪しきオメガの遺伝子を継いでいようとも、私は今の人類を人類だと認めています。今の人類は、擬態能力を失い、旧人類の要素を強く受け継いでいるからです。しかし、未だに擬態能力を持つあなた達は?」

《……義理の子供が前の奥さんに似てるからって殺すみたいなもの?》

「ふふふふ、そんな低次元な話じゃないですよ」

 カオルの精一杯の皮肉を一笑に付して、アンヴァーは続ける。

「私は恐れているんです。もし未来、あなた達のオメガとしての形質が強まって、かつてと同様に人類を滅ぼしたら――そう思うと私は泣きそうになります。せっかくここまでふたたび繁栄できたのに、それはあまりにも悲しいじゃないですか」

 いつもの笑顔から悲しげな表情になり、さらに真剣な顔になると、アンヴァーは最後の言葉を告げた。

「――私はあなた達のような存在を『暴走予備因子』と呼び、人類の未来のために狩っているのです。……だから、あなたも、そこの彼女も、人類の未来のため、ここで死んでください」

《……!》

 絶句する。いろいろな意味で冗談のような話、しかしアンヴァーの表情はどこまでも真剣で、どこか鬼気迫るような感覚さえもした。

《……ふざけるな、そんな理由で死を選ぶはずない!》

 人類の未来のために死ねだと? それも、来るかどうかもわからない終末のために死ねだと? 絶対に嫌だ。

「でも、いいじゃないですか。何よりの誇りだった、アイデンティティだった美しい外見は化物が作り出したまやかしだったんですよ? 本当の姿は、醜い鈍色のスライムだったんですよ? こんな世界で生きていても、辛いだけです」

 だから死んでしまいましょう――言外に語り、戦斧が再びその両手に現れる。

 欺瞞にしか思えない論理、しかしアンヴァーの表情はやはり真剣であり、むしろ自分が誰にとっても素晴らしいことをしていると心底信じ込んでいるようだった。

《……そうよ》

《――!》

 今ままでずっと黙っていたカナエが口を開き、よりにもよってそんなことを呟いた。その口調には力がなく、風の一吹きで吹き飛んでしまいそうなほどに弱々しい。

《……アンヴァーのいうことは正しいわ。私が人類の毒で、おまけに美しささえも欺瞞だったなら、こんな世界に私は――》

《……ふざけないでください!》

 その言葉を、カオルの叫びが遮った。

《私は、私だ! カナエ先輩だってそうです! たとえ化物であるがゆえに美しくなれたとしても、私はそれで構わないです! 先輩がそうでも、私は何の問題もないです!》

《……え》

《なんで化物だったらダメなんですか! なんで未来の人類が困ったらダメなんですか! いいじゃないですか、そんなことどうでも! 私がいて、カナエ先輩がいる! それだけで何もかも正しいんです! いいや、正しくなくてもいいんです! そんなことはどうでもいいんですよ!》

《……でも》

《でもも社会主義もないです! 私たちは化物で! だからこそ楽しく生きることが出来た! 美しくなることが出来た! それだけなんです! むしろ化物であることに感謝しないといけません! 違いますか!? いいや、違いませんッ!!》

 絶叫。カオルの魂の咆哮。

 カナエはただふるふると震えて、その感情は伺い知れない。

「……なるほど、気まぐれで少し話してみましたが、理解できない化物だということが再確認できたくらいしか成果はない、と」

 アンヴァーから笑顔が消え、ひどく苛立たしげに、苦虫をダース単位で噛み潰したかのように不愉快そうに、誰に言うでもなく彼女はただつぶやいた。

 彼女にとって、この場に言葉の通じる相手など存在しないとでもいいたげに。

「――ならば死ね、化物」

《……ッ!》

 まるで害虫駆除するかのような冷たい目とともに、戦斧がカオルに振り下ろされる。

 恐怖、威圧感、すべてが今までなどお遊戯だったかのように桁違い。

《ばっ、化物で、なにが悪いッ!》

 それでも、それでもカオルは己を奮い立たせるように吼え、触手の刃で迎え撃った。

《――ぎあああああああっ》

 しかし、あまりにも無慈悲に、秒殺、瞬殺。

 刃は触手もろとも容易く戦斧に砕かれ、桁違いの痛みが意識さえも奪おうとする。

 当たり前だ、カナエでさえ逃げ出す痛みにカオルが耐えられるはずもない。

(……ダメだ、ここで諦めたら――)

「化物は存在するだけで悪ですよ」

(――カナエ、先輩が……)

 薄れゆく意識の中、冷たいつぶやきとともに刃がカオルに迫った。

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