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ムゲンWARS  作者: レヌ
第一話 [裏]
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第一話 金色の勇者 Ⅰ [炎]

第一話の裏側、炎の魔王視点です。

……お前ならきっと………

……に、………


遠いどこかの声を聞く。

真っ赤な思考の海は絶えず違う景色を打ち付け続け、

揺られるこの身は抗うことを許されない。


……

……よ、………に………を授け……


また波が囁いた。

大切な記憶だったはずだ。

忘れてはならないものだったはずだ。


……魔王………

………に……て、……ありが……


波に抗うことを諦めた重い体を引きずって、

溶けかけた腕を空へ伸ばす。


…………


だれかが、

くすくすと笑う声がした。




【第一話 金色の勇者 [炎]】




炎の魔王レーヴェは、目を覚ました。

伸ばしかけた手が行き場を失って揺れている。

しばらくその手を無機質な目で眺めた。


ここは炎の世界にあるもっとも大きな建物、魔王城の最上階にある魔王の部屋。

埋め尽くさんばかりの遊び道具に囲まれる中央、おおきな天外のついたふかふかのベッドから

レーヴェは起き上がった。


「あれ?まおうさま、おはやいおめざめで」


入口の方で使用人の声がして、レーヴェは顔を向ける。

そこにはバスケットボールほどの大きさの丸く白い鶏のような生き物、地獄鳥が、

紅茶を入れるためのセットを頭の上に載せて入室した直後だった。


「ねつきがわるいようでしたら、またまくらをつくりなおしますが?」


配下の心優しい進言に、レーヴェは首を横に振る。


「大丈夫だ。今日の予定は?」

「ほんじつはとくべつなようじはありません。しつむとおべんきょうがおわったら、ごじゆうにしてくださってだいじょうぶですよ」


ひょい、と軽々、そして紅茶セットを倒さぬよう器用にテーブルの上に乗った地獄鳥が、

紅茶の準備をしながら答えた。


「ああ、わかった」


レーヴェはひとつ頷く。


今日もまた、変わらない一日が始まるのだ。





魔界というのは無数の小さな世界の総称である。

そしてその魔界ひとつにつき1人必ずいるのが、魔王という存在だ。

魔王とはレーヴェのように「その世界に住む魔族を束ねる者」という意味の、ほんとうに魔の王である場合もあれば、

単純に「その世界で一番強い者」であったりもする。


執務中のレーヴェは、

今朝見た夢のせいか、何となく思考が反れるのを感じながらも筆を進める。


『魔王』という存在の本質が、

「勇者と戦うことを義務付けられた者」であることは、

魔界でも誰もが知る所ではない。

それが魔界の外、

聖界に住む『人間』という生物であるなら、知名度は0に近くなるだろう。


こういった思考へ意識が逸れてしまっているレーヴェでさえ、

定められた本質からは逃れられない。


執務室の扉が開かれる。


「まおうさま!ゆうしゃがあらわれました!」


伝達役の配下がそう叫んだ。

レーヴェは、はあと重く息を吐いてからペンを置いた。



レーヴェは停滞を望んでいた。

なにも変わらない、なにもいいことは起きないが悪いことも起きない。そんな毎日ならどれだけ良いだろうかと。

自分も自分の世界も自分の配下も傷つかない、そんな世界であればどれだけ素敵であろうかと。

だが魔王には勇者と戦わなければならない運命が定められている。

レーヴェがどれだけ望まなくとも、こうして勇者は攻めてくるのだ。


「特徴は」

「は!金色の軽鎧、証の色は青。隠れながら進行しております。挙動を見るに歴の浅い勇者かと」


玉座の前に立つレーヴェに、

八頭身ほどある鳩胸な鶏、大地獄鳥が答える。


『隠れながら進んでいる』という情報がはいるということは、そいつは隠れきれていない、つまりは隠密や暗殺に長けた人間ではないということだ。

魔王戦まで温存しようという魂胆だろう。

であれば、戦闘に自信のあるタイプではない。

そして隠れているというのがばれている時点で手練れでもない。


「……全員に待機命令を。私が相手をする」


魔王の命令にその場にいた配下の地獄鳥全員が、は、と短く、しかし力強く言い、頭を下げる。

それを見てから、レーヴェは城の入り口へと向かった。


入り口で迎え撃とうというのではない。

トラップの確認に向かったのだ。


正直なところを言うなら、レーヴェはあまり戦いたくない。

対応が大変、城が汚れる、面倒くさい、色々な理由が上がるが、一番は今日の気分が最悪なためである。

だが、勇者は魔王、ひいては魔界のなんの罪もない民たちに危害を加えるため野放しにはできない。

それでも、配下を動かすと配下が怪我をするかもしれない。


ある日を境にレーヴェは極力己一人で勇者と戦うことを心に決めた。

そこでレーヴェが覚えたのは、トラップを張ることだった。

自分の手を汚さず、かつ配下が戦う必要を無くす、画期的なものだと思う。なにより作るのは楽しい。


城に続く大橋の影にある壁の一部を押す。

すると壁が扉のように開き、大橋の内部が露になる。


中は小さな部屋になっており、ところ狭しとばかりに黒い砂でかかれたような文字や線が引かれていた。

これは一種の魔方陣である。

線は橋を構成する建材に紐付けられ、文字は紐付けられたものがどういうときにどう動くかの命令式となっている。

橋の上にはスイッチとなる石があり、誰かがそれを踏むと、丁度中央付近を通るタイミングで橋の床が抜け、下の溶岩の湖へと落とす仕組みだ。

だがその命令式上、比較的無差別に発動してしまうため、こうして勇者がくるたびに設置者自ら起動させにいかなくてはならない。

レーヴェは線や文字に繋がる始点に手を触れる。

するとまるで導火線に火をつけたように燃え上がり、黒い線はあっという間に赤く輝き出す。


「……よし」


光ってないところがないか指差し確認をして、レーヴェは橋の小部屋の扉を閉じた。


城内にもどり、各所を回って橋と同じことをしていく。

トラップこそ針が出たり火を吹いたりと様々だが、基本的な構造は一緒で、あとは仕込まれているのが壁か床下かぐらいの違いだ。

確認と点火を行いながら、食堂などの勇者に入ってほしくない部屋の扉の近くにある壁を擦り、巧妙に隠されたボタンを押す。

すると床から壁が競り上がり、すっかり扉を覆い隠した。

こちらは先程から確認して点火してまわっている壁や床を無くすトラップとは逆で、壁や床を作るトラップである。

どうしても備蓄が多く漁られたくない部屋や、日常使う部屋にはトラップは仕掛けられないために講じた策だ。


一通り回り終えてひとつ息をついてから、レーヴェは玉座の間へ向かう。





さて、

正しい魔王とかはなにか。


炎の魔王、レーヴェは玉座に腰掛け、目を閉じて自問する。


それは勇者が望む魔王像であること。

それは残酷無比で手段を選ばない悪役であること。

それはつまりそう、見習うべきは人間が作る物語の魔王。

威厳と威圧と恐怖と絶対的強さ。


恐ろしい魔王であれば勇者は恐れてこなくなる。

それはすなわち我が世界の安寧である。

だが勇者は恐ろしい魔王であるほど燃え上がるものもいる。

恐ろしいだけではやつらは折れない。


遠くで罠が作動する音を聴く。

レーヴェは目を開けた。





勇んで玉座の間の大扉を開けてきたのは少年だった。

金色の髪と金色の鎧、報告にあった通りの、腕と足、胸部を守るのみの軽鎧である。

金色の髪から見える金色の額宛には、この人間の瞳と同じ青色の宝石が埋まっていた。


(……本当に金の鎧だ。担がれたか、世間知らずか、とんでもない馬鹿なのか)


レーヴェは挑んできた少年を見下ろしながら考える。

そんなことも知らずに、少年は身の丈に合わない大きな剣を構えた。


「貴様が炎の魔王だな…!」


緊張しているのだろう、剣の先が震えている。

レーヴェはシミュレートした通りに、偉大で強大な魔王であるよう勤めるため、ニヤリと笑って見せる。


「いかにも。私は炎の魔王。ようこそ私の城へ、地獄業火に焼かれに来た愚かな勇者よ」


よい言葉選びだと、いつもなら誰かが誉めてくれるが、いまは頭の中で自画自賛する。

だがその瞬間、対峙する少年の口の端がすこし上がったのが見えたのだ。


(……こいつは…私に、魔王に期待したな)


そう、これが、恐ろしくあればあるほど燃え上がる、勇者という役目に当てはめられたものの悲しい性だ。

彼らは少なからず、『恐ろしい魔王を倒す正義の味方』に憧れているのだ。


「我が名は金色の勇者!!人の世を乱す悪しき魔王よ!女神に祝福されし我が力、受けてみるがいい!!」


そう叫んで、少年は剣を手に飛び込んでくる。


(なるほど、ろくな訓練も受けていない。魔王の、まして炎に飛び込んでくるなど愚の骨頂……とんでもない馬鹿だったようだ)


パチン


レーヴェは指をならす。

それ事態には意味はない。目的は、勇者の視線を上にあげ、足元お疎かにすることだ。

勇者の視線が手に行ったのを見計らって、足元にあるボタンを足で押す。


それと同時に、飛び込んできた少年の足元に穴が開いた。

橋に使っているのと同じトラップだ。

少年は突然のことに青い目を丸くする。


「ちょ、ま、うわあああああ!?」


踏むべき足場がなくなってしまった体を、重力は無慈悲に引きずり下ろす。

最後に、おろかな少年に見えるように笑って見せた。




恐ろしい魔王であるほど燃え上がる、恐ろしいだけでは折れない勇者をどうすればいいのか。

その答えはコレ。

『強そうで強大な魔王だったはずなのにすごく卑怯な戦法で勝つ』ことにより『この魔王はだめだ』と諦めさせることである。

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