第一話 金色の勇者 Ⅷ
「甘いな、マカロンより甘い」
突然卵白と砂糖を焼き固めたものと比較され、エーは心底不機嫌そうな顔で返した。
あのあと、魔王の胸ぐらを掴み領主の館を出て、人目のない裏路地へ移動して、魔王はとても楽しそうな表情で笑って言った。
「なんの物的証拠もなく他人を論破しようなどスライムでもしないぞ」
今度は脳みその存在が怪しい流動体生物と比較され、エーはやっぱりこの魔王は殺すべきだと心に固く誓った。
「やりたいことやれって言ったのお前だろうが」
唇を尖らせ、拗ねたようにそっぽを向いたエーに、尚も魔王は楽しそうに笑った。
「実行に移したのはお前の意思だ」
エーは口で勝てないのはわかっているので、にやにや笑う魔王の顔など見向きもしない。
「……」
魔王の笑う声と、そろそろ帰ろうと急かす白い鶏のような生き物の声以外に音のない場所で、
ゆっくりとエーはこの魔王に出会ってからの事を思い出した。
あまりに魔王らしかった魔王、けれどあまりに魔王らしからぬ魔王。
ここ数日で、エーの中に確かにいたはずの"疑問から逃げ出したい気持ち"は何処かに逃げていったようだった。
悩むことから逃げていればどれだけ楽だったろう。
楽だったからこそ、それに身を委ねていたのかもしれない。
そう思いながら、エーはそっと口を開く。
「…なんで」
エーはずっと投げ掛けられ続けていた言葉を魔王に投げ掛けた。
なんで、敵である自分を説くような真似をしたのか。
なんで、自分を助けるような真似をしたのか。
なんで、そんなにも、
楽しそうなのか。
魔王は、"何故"というたった一言に、にやりと笑ってこう言った。
「私は自由だからだ」
すべての疑問がその一言に集約された気がして、
エーは思わず笑った。
「なんだそれ」
笑うエーを見て、魔王はひとつ頷いてからエーに背を向け歩き出した。
「次はないぞ勇者」
魔王らしい声で告げられる魔王らしい言葉は、やはりどこか楽しそうだとエーは思って、その背を見送ることにした。
魔王がいなくなった裏路地は昼間だというのに本当に静かだった。
エーはこれからどうするべきかと考えて、
そういえば領主のせいで故郷への仕送りは結局無かったことになっていることを思い出して頭を抱えた。
そして女神の名を勝手に使ったことも謝罪しにいかねばなるまい。
悩むことは尽きない。
だが、エーはもう迷わなかった。
誰だって勇者になるかもしれないこの世界で、
じぶんが勇者として出来ることは、
「我が名は金色の勇者!!人の世を乱す悪しき魔王よ!女神に祝福されし我が力、受けてみるがいい!!」
炎に囲まれたどこまでも赤い世界の白亜の城で、高らかに勇者の名乗りが上がる。
「くくく、愚かな勇者め、懲りもせずまた現れるとはな…」
玉座の前に立つ、炎を背負った赤い魔王が笑う。
「いいだろう…これで貴様を恐怖の底へ叩き落としてくれるわ!」
魔王が取り出すのは、なんとも恐ろしい拷問器具。
「おおい!それホラーゲームだろうが!!雰囲気ぶち壊しだ!せっかく気合い入れてきたんだぞ!!」
勇者が吼えて、魔王が不敵な笑みを浮かべる。
「なんだ怖いのか、情けないことだ!貴様はそこで私がプレイする様子を震えてみているがいいわ!!」
「ふざけんな!怖いわけあるか!…って違う!勇者が攻めてきたってのにゲーム起動し始めんなよ!!おい!きいてんのか!」
ここに始まるのは、
勇者たちと、魔王たちの物語。