第一話 金色の勇者 Ⅶ
…なんとも頭痛が痛い。
どうも言葉が通じていないのではなかろうか、とエーは疑い始めた。
「証拠が出せないならお前さんは虚偽の罪で私の領地すべての出入りを禁止してやる!お前さんの故郷への資金援助も撤廃だ!!」
いい加減にイライラし始めたエーも、最後の言葉に、眉間の辺りでブツリと切れる音がした。
「てめぇいい加減に…」
そのエーの前に、エーを制止するように延びる手がひとつ。
その手はエーを押し退け、一歩、エーの前へと歩み出た。
「まあ、出してやればよいではないか勇者殿。お望みの証拠とやらを」
フード付きの白いマントがはためく。
顔は知れないが、そのマントとその声は、確かに昨夜エーを動かした"らしくない奴"。
「…お前…!!」
言いかけたエーを振り返り、
炎の魔王は口に人差し指を当てて見せた。
「なんだ貴様!勇者以外の館への入場は許可していないぞ!」
喚く領主が魔王にも噛みついた。尤も、領主はこの突然の来訪者が魔王だなんて微塵も気づかないだろう。
「おや、知らないのか。勇者がいれば後ろをついて歩くパーティメンバーがいるものだ。常識だろう?」
たぶんそれはゲームの中のだけの常識だ。とエーは心のなかでつっこんだ。
「さて、ここに貴殿の10年分の活動記録がある」
突然の切りだしと取り出された書類の束に、領主もエーも目を見開いた。
「ば、ばかな!そんなものどこから…!!」
明らかに慌て出す領主を、魔王はにやにやと笑って眺めている。
「なに、館の中を探しても見つからなかったから、貴殿が雇っている人物や友人に聞き込みをしてまとめただけのこと」
大口を開けて唖然とする領主から目を話さないようにしながら、エーは魔王の背にそっと話しかけた。
「そんなもんいつのまにやってたんだよ」
その声に、少しだけ振り向いて魔王は答える。
「昨日お前が情けなくもこの男に頭を下げている間」
その顔は、ものすごく、今すぐ背中から刺してやろうかと思うほどのどや顔だった。
そんな殺意に苛まれているエーの心境を知るよしもなく、領主が再び喚きだす。
「ふ、ふざけるな!大体、誰の許可を得て私の館の中を調べた!勇者のお付きだろうと不法侵入で拘束するぞ!」
「ほう、ではここに書類は無かったということを認めたと判断して良いのだな?」
魔王が即座に切り返す。
押し黙る領主をいたぶるようにさらに言葉を続ける。
「まあなんにせよ、ここに貴殿の行動を見ていたものの記録があるわけだが。おっと、これの内容を疑うことは、貴殿が選出し雇った人物への疑い。即ち、貴殿の人選ミスになるからよく考えて反論しろ。さあ、他に質問は?」
ついには声すら出せなくなった領主を、魔王は勝ち誇った顔で見下ろしていた。
現れて、あっという間に黙らせてしまったこいつは、本当に、自分が三度も殺され、昨夜自分を動かした奴と同一人物なのだろうか。
そうエーが考えていると、領主が床に膝を突き、ぼそぼそと喋り始める。
「ちがう…ちがうんだ。私は、この街をもっと、豊かで暮らしやすい場所にしようと…」
まるで推理漫画で言い当てられたあとの犯人のように自白を続ける領主は先程までの怒りや焦りがどうでもよくなるほど哀れだった。むしろこちらが悪いことをしたような気分にすらなる。
はぁ、とエーがため息をつくと同時に、エーの頭がぺしぺしと叩かれる。
「…なんだよ」
じろりと見上げると、昨日会った時のような顔の魔王がエーを見ていた。
「何をしている。勇者らしく"シメ"ろ」
自白を続ける領主を指差し、魔王が勇者らしさを求めてくる。
あぁ、もう、と文句を言いたくなるのを堪えながら、またひとつため息をついて、勇者が一歩、領主の前へ出た。
「裁くのを決めるのは我等ではない。女神様はいつでも我等を見ておられる、努々忘れるな」
凛々しい表情で告げる勇者を領主は見上げ、すぐに床につくほどに頭を下げた。