第八話 黒の魔王 Ⅴ
「では、戻りましょうか。炎様には私から伝えて参りますので」
デュエルがエーを促すように部屋の扉の方に手を向けている。
すこし考えるように、ずしりと重たい今回のターゲットたる黒色のキングを手のひらで転がした。
薄っぺらい感想をあえて述べるならば、すごく高そう。
さすがは魔王の所有物である。
黙り混むエーに対して、首をかしげるデュエル、
しばらくして考えがまとまったのかエーは黒色のキングの駒をデュエルに投げ渡した。
「魔王とは会わない」
飛んできた駒を慌てた様子で両手で挟むようにキャッチしたデュエルから、「おや?」と困ったような声色が溢れる。
「金色様までへそをまげてしまいましたか?」
「ああ、たぶんそうかもな」
エーは大きく表情を動かすこともなく言う。
デュエルは考えるような仕草をして、説明を求めるような様子だ。
エーもすこし言葉を選んで切り出した。
「俺は魔王を倒す勇者だ、あんなへそまげたままの魔王とは競えない」
真っ黒な箱はエーを見つめたままなにも言葉を返さなかった。
驚いているのか、呆れられているのか、エーには判断がつかなかったが話を続ける。
「だから今回は勝ち逃げする、魔王にはそう伝えておいてくれ」
「むぅ」と考え込むような唸り声が箱から漏れた。
無理で、我が儘を通そうとしているのはエーにもわかっている。それでも譲りたくはないことだった。
おそらくこのまま炎の魔王に会えば、またこの悩みと思いが「後回しにしていいもの」に変わってしまう、そんな気がした。
エーに譲る気が無いことを察したデュエルは、ポンポンと自分の頭を叩く。
「致し方有りません、そのように伝えておきましょう」
まるで命令を受けた執事のように深々と頭を下げるデュエル。
慌ててエーも頭をペコペコと下げ返し、
「いや!悪い、ほんと、俺の我が儘だから!」
「いえいえ!この程度の我が儘など物の数ではございませんので!」
ひとしきり最初のように譲り合いをしおわると、デュエルが右手は、胸に添えて、
「……では、正門まで見送りましょう。出口はこちら」
左手は部屋のドアのほうへと向けて、軽く頭を下げた。
さすがにこれ以上は無駄な問答だ、とエーは苦笑いをして、おとなしく正門までのわずかな距離を、魔王と歩くこととなった。
デュエルは金色の勇者の背を見送り終わってから、すこし困ったように四角い頭をぽんぽんと叩く。
「さて、炎様になんとお話しましょうかね」
ふう、と息をついたあとに、
なんとなく重くなった気がする足を叩いてくるりと城のほうへ向き直った。
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「はー……」
エーは白いソファに深く腰かけて天井を仰ぎ見る。とはいえ、一点のシミもない天井はどこまで高いのかもよくわからないし、本当に天井があるのかもよくわからないのだが。
ここは女神の間にある休憩室のような場所。
といっても他の勇者などまばらにしか見かけないのでほとんど貸切に近い。
そんな中でエーは自分の行動を恥じてもう反省している最中だった。
(あー、めちゃくちゃ恥ずかしい、なんであんなこと言ったんだ俺!)
なにが「いまの魔王とは戦えない」だ、
なにが「今回は勝ち逃げする」だ、
自分の実力はわかってる、それ故に自分の言動を思い返すと変な汗が流れる。
(これじゃあカリマのことを笑えないな)
しかし言ってしまったものは仕方がない。
なによらりあれが、正しいと思ったのだから。
(あとでブチギレられたりしないだろうか……いやあ、怒りそうだな、絶対面倒なことになる)
今一度エーは深く息を吐いた。
魔王のこともそうだが、エーはもうひとつ問題を抱えてしまった。
「魔王と勇者を救ってみないか」という話だ。
こちらも返事を保留としたが、それにはちゃんと訳がある。
困っている人を助けるのは勇者としての本分だし、エーとしてはなんの問題もない。
問題はエーの実力が伴わないことだ。
毎回あんなゾンビアタックを続けていては身が持たない。
今回のことだって、魔女から言われたことをはね除けられるぐらいに自分に納得がいっていれば、こんなに拗れなかったかもしれない。
後悔は何度だってし続けてしまう。
きっとこれからも、おのれの非力を嘆くだろう。
何をするのにも足りないのだと思った。
エーは無意識に拳を握りしめる。
「あぁ、強くなりてえなあ」
ぽつりと呟いたそれは、
何度だって願ったこと。
しかしきっと、ここまで来なければ願わなかったこと。
いつかあの魔王に、
俺は勇者だ、と胸を張って言えるように。
「いま強くなりたいっていった?」
ぼんやりと見上げた天井を遮るように、
カリマの顔がぬっと現れる。
「う、わあぁぁ?!」
エーは思わず飛び退く。
「おっ、ま、カ、カリマ!なん、どこから聞いてた?!」
声が裏返り挙動不審になるエーに対してカリマは不思議そうな顔をする。
「強くなりたいっていったところだったけど、まずかったか?」
本当に不思議そうであるのをみて、
エーは安堵にも近いため息を深く吐き出した。
「カリマいつも女神の間にいるよな」
「勇者の拠点だろここ、まーあんまり人いるとこ見たことねーけど」
カラカラと笑うカリマはエーの数少ない勇者仲間である。
変わったところもあるが悪いやつではない。
以前も剣の扱いを教えてもらったことがある。
と、エーはハッとした。
「そうだカリマだ!また剣教えてくれよ!」
ずい、とカリマはに迫るように言うが、
カリマの表情はあまり明るくなかった。
「もー教えることねーよ、あとは気合い入れろとしか俺からは教えられねえよ」
「ええ……根性論になるの……」
望んでいない答えに極端に落胆するエー。
カリマは予想以上にエーが真剣に悩んでいたのだろうと察したのか困ったように頭をかく。
「そもそも俺は教えられる剣術じゃねえんだよなあ……」
しばらく考えるように橙色の瞳の視線を泳がせてから、
カリマはハッとして、そしてニィと悪そうに笑った。
「とっておきだぜ?」
そう言ってから、勿体ぶるように手を口の横に添えて内緒話を要求する。
それを怪訝そうに見てから、しぶしぶと耳を傾けた。
「宝石組って知ってるか?」
聞きなれない言葉に、エーは目を丸くする。
「宝石……?」
その言葉が、言葉の何倍も重みのあるものとも知らずに。