第八話 黒の魔王 Ⅳ
「この宝探しゲーム、負けていただけませんか?」
エーが驚いて口を開く前に、デュエルは言葉を続ける。
「炎様もどうやらなにかあったご様子で、大変機嫌が悪いのです。そこで勇者様に勝てれば多少なれ回復するかな、と」
呆れたように肩をあげる仕草をするデュエル。
エーはなるほど、と納得したように呟いて、呆れたを表情で示して見せる。
「ゲームの提案したときからそのつもりだったなお前」
「ああ、やはりバレますか、いやはや私嘘をつくのがまったく不得手でして」
目の前の魔王はあまりにあっさりと、さわやかに嘘を認めた。
それはそれでやりにくい、とエーは頭をかく。
さて、デュエルの『嘘は苦手』というのは本心だろうか?
いやむしろ、『何処からが嘘なのか』
『初めから負けさせるつもりのゲーム』か、それともたった今吐いた『嘘は苦手』か。
実は真性の嘘つきであった場合、いままでのすべてがエーを負けさせるためだけに動いていたことは頷ける。
だが、それは違うとエーは直感していた。
炎の魔王がいった言葉、『黒の魔王は遊びの化身である』という前提があるからだ。
遊びの化身が、負けさせるための遊びをするだろうか。
ましてや、超気分屋で遊びたがりの炎の魔王の遊び相手が、だ。
ということは、デュエルは本当に嘘が苦手な正直者の遊びの化身ということで……
と、難しく考え始めたところで、
エーは首を横に振った。
「デュエルが嘘つきか」というのは、今はどうでもいいことに気がついたのだ。
ゆえにエーは、デュエルを睨み付けるように顔をあげた。
「断る」
ひとつ置いてデュエルが問う。
「それは何故でしょう」
間を置かずにエーは答える。
「どんな理由でも、魔王にわざと負けてやる気は絶対にない」
デュエルが嘘つきかどうかは、どうでもいいことだった。
たとえ女神様に問われても、エーは同じことを答えるだろう。
「負けるのがわかりきってても、俺は俺にできる全力で魔王と戦うんだ」
意地だ。
ただただ、立ちはだかる壁への、
負けたくない、越えられなくてもいい、
強くて、かっこよくて、信頼もあって、なんだってできるようなやつにわざと負けるなんて
男としての意地が許さない。
勇者としてのあり方に迷っていたことなど、
その一瞬だけは忘れていた。
黒い箱がエーを暫く見つめてから二度頷いた。
「ええ、ええ、すばらしい、なんとすばらしい魂の輝き。それこそあなたの真実です」
相変わらず表情はわからないものの、拍手でもせんばかりの声色のデュエルに、引く気のなかったはずのエーのほうがたじろいだ。
デュエルはそんなエーに気を使うこともなく、パンッ、と手を叩いて空気を切り替えるように言う。
「さて、もうひとつ提案なのですが」
「ま、まだあるのかよ」
ええ、とデュエルは頷き、
「がむしゃらに何かをやってみるのも、悩みの解決への糸口になるものかと存じております」
まっしろな手袋を嵌めた人差し指を立てて言った。
「どうです?ひとまず、勇者と魔王を救ってみませんか?」
エーは青い瞳を丸くした。
「救う、って……」
エーは似たようなことを言われたことを思い出した。
かつてトゥグルに「いろんな勇者や魔王に会え」と言われた。
ひとまずそのつもりでいろいろ巡りはしたものの、割りと早い段階で躓き、
残念ながらその真意はわからないままであった。
エーの心情に関わらずデュエルは立てた人差し指を黒い箱の口がありそうな場所に持ってきて続ける。
「半分は下心です。ちょっと私も悩みを抱えておりまして……いえ、それはまた別の機会に」
もうひとつ心当たりができた。
フォーリアのところで「困ってるなら魔王だって助ける勇者」だという認識が少なからず生まれてしまっていることだ。
デュエルが炎の魔王と知り合いなら、その友人であるトゥグルやフォーリアとも知り合いである可能性はある。
であればフォーリアの頼みを聞いた勇者としての話が上がっている可能性も。
いつもならすぐさま「なんで魔王なんか」と口を出していただろうか。
しかしエーは考えるように俯いて目を細め、暫くしてから顔をあげる。
「その返事、後回しにしてもいいか?」
デュエルは「勿論」と頷いた。
「賢明な判断かと存じます、人間を騙し、殺し、危害を加える事を愉悦とする魔王がいることもまた事実ですので、簡単に信じろとするのは無茶だと言う話でございます」
「……いや、それはまあ、そうなんだけどな、そうじゃないんだ」
歯切れが悪そうに頭を掻くエーに、デュエルは首をかしげる。
しかしエーにも考えがあると思ったのだろう、深くは追及しなかった。
考え込むエーを、デュエルの「さて」という声が現実に引き戻した。
「私の不要なお節介はこの辺で。如何いたしますか?この度のゲームは」
エーが「あ」と小さく声をあげた。
すっかり話が違う方面に行っていたが、今は宝探しゲーム(不本意)の途中であったことをエーは思い出した。
「負ける気はないと宣言を頂きましたが、金色様に見つけられますかな?」
ややニヤついた声色だ。
こういうところはしっかり魔王らしいというか、
悪魔っぽいというか、
信用しきっていいのかやや不安になるエーだが、今はひとまず置いておく。
エーは一息吐いてからやや自信がなさそうに、
「間違ってても笑うなよ」
と一言。
デュエルは当然のように「勿論です」と言って頷いて見せる。
デュエルの肯定を聞いてからエーはもう一度息を吐いた。
エーはごく一般的な人間で、そのなかでも知能のほどはやや一般的より下がる部類だろう。
推理などもっての他だ。
エーにできるのは、『デュエルは嘘をつくのが苦手である』ということを前提にした憶測と、
それ故に『デュエルの話したことは真実である』という根拠のない信用から予想する程度のことである。
「デュエルは空が無いときには大抵天井歩いてるって言ってただろ、ってことはベッドや椅子のしたとか、棚の中なんかはデュエル目線だと逆に隠しにくい場所なんじゃねーかなって気づいた」
エーにとって『下』はデュエルにとって『上』なのだと閃いたのだ。
「ということは俺にとって棚やタンスや壁の装飾なんかの……天井に近いほうがデュエルの隠しやすい場所ってことだ」
デュエルはエーの推察に感心したように「ほうほう」と相づちを打つ。
「隠し場所の見当がついたとして、この広い城内のどのタンスの上にあるのでしょうね?なかなか骨が折れますよ」
「あー……うん、そうだな」
なんとなく『推理をしてる自分』が気恥ずかしくなり頭を掻きつつ続ける。
「場所は、たぶんこの部屋だ」
エーは周囲を見渡して手近な椅子を探す。
「繰り返しになりますが、この広い城内で、この部屋ですか?金色様が探していない部屋もたくさんあるでしょう?」
「まー、そうなんだけど……デュエルが話しかけてきたのがこの部屋だからなあ」
椅子をひとつ両手でつかんで「よいしょ」と持ち上げる。
普段持っている剣の何倍かは軽いので大分楽ではある。
「俺に負けてくれっていうだけなら、この部屋じゃなくてももっと沢山チャンスはあったはずだ」
「……それはあまりに偶然に運命を感じすぎでは?」
デュエルが首をかしげる。
「もしかしたら、炎様がすでに見つけているかもしれませんよ?」
「ああ、それが一番無い」
エーは背の高いタンスの側に椅子を置く。
「俺はあいつの来てない部屋を探して回ってて、一度も鉢合わせてない、ってことはあいつも俺を避けてるんだろ、その上で、あいつが自分の城のなかの探索にそこまで時間がかかるとは思えない」
椅子に足をかけて登る。
しかしそれでもエーの身長ではタンスの上を覗くのには足りず、
仕方なく腕だけをタンスの上に伸ばして手探りで探した。
「だからこそ、デュエルはこの部屋で話しかけてきた。ただの人間で土地勘のない俺とこの城の魔王とのゲームを公平にするために」
デュエルは、あぁ、と声を漏らして顔に手を当てて天を仰いだ。
「貴方は、魔族を信じすぎです」
タンスの上にうんと手を伸ばしているエーにはデュエルの仕草など見えるはずもないが、背後でデュエルが動いているであろう気配を感じながらエーは返す。
「俺もそう思う」
言い終わると同時ぐらいだろうか、
エーの指先にこつりとなにかがぶつかった。
タンスの上が見えないので正体がわからない、冷たく硬い感触のそれを、恐る恐るつまんで引っ張り出す。
エーが掴んだのは、
石でできた黒色のキングの駒だった。
「お見事!」
エーの後ろでデュエルがゲームの勝利者に拍手を送った。