第八話 黒の魔王 Ⅱ
「はい、隠して参りました」
デュエルが戻ってきてそう告げた。
やはり表情が見えない分なにを考えているのか読めないが、声色は楽しそうである。
「もちろん最初に申し上げましたが、城の外には出しておりません」
炎の魔王がなにも言わず玉座から立ち上がる。
デュエルはそちらへ視線を向けた(箱なので本当に視線を向けているのか疑問だが箱が微妙に炎の魔王の方へ向いたのでたぶんそう)
「おや、お一人で探すのですか?」
「その勇者など邪魔なだけだ」
そういうが早く、炎の魔王は扉へ向けて足を進め始める。
振り替える気すらないように、まっすぐ大股で歩き去るレーヴェを見てデュエルは箱の頭を傾けた。
「うーむ、重症ですねえ」
彼の言う「重症」が何を指すのか分からず、
同じように頭を傾けるエー。
それに対してデュエルは振り替えって笑顔を向ける(続く声色が明るかったのでたぶん笑顔)
「さて、金色様は如何なさいますか?」
エーは眉を寄せる。
今この場で選べる答えはひとつしかないのだ。
「探すよ探す、探せばいーんでしょーが」
はあ、とため息を吐いてエーもとぼとぼと歩き出す。
気分は最悪で、こんな遊びに付き合っている暇などないという主張を体現するかのように。
ゆっくりと歩いていくエーが見えなくなるまで見送ってから、
デュエルはふう、と息をついた。
「彼も重症ですねえ、はてさてどうしたものか」
そんな呟きをしてから、デュエルも続いて歩き出した。
エーは城門から玉座の間までの一本道ぐらいしか知らないので、こうして歩き回るのは新鮮ではあった。
の、だが、炎の魔王の城は広かった。
城内だけという規制があるとはいえ、この中から手のひらサイズのチェスの駒を見つけるなど至難の技のように思えた。
「やや?ゆうしゃどの、どうなさいましたか?」
何かしらの帳簿を開いて書き込みながら歩いていた小さな地獄鳥がエーを見つけて足を止めた。
「あー、いや、デュエル……黒の魔王の宝探しゲームに巻き込まれて」
なんとも言えない表情で頭を掻くエーの様子に、地獄鳥は察したのか「なるほど」と頷いた。
「ではせっかくですし、じょうないをあんないいたしましょう」
てちてちとエーの足元まで歩いてきてちいさくふわふわの胸を張る地獄鳥。
エーは慌てて首を横に振る。
「いやいや、仕事だろお前、適当に探す振りだけして帰るから気にすんなよ」
それに対して地獄鳥も首を横にぷるぷると振る。
「わたくしもじょうないのびひんのてんけんをしているさいちゅうですので、しごとのついでです。さささ、えんりょなく、こちらですよ」
エーの一歩前へ歩みでてちいさな羽をぱたぱたと動かして手招きする地獄鳥。
今日はよく似たような譲り合いをする日だ。
そんなことを思いながら、エーはため息をひとつ吐いて、
魔王の敵を案内するという地獄鳥の後を追った。
「ふむふむ、たからさがしですかあ」
歩きながら世間話のように今回の目的を話すエー。
とくに驚いた様子もなく、帳簿を持った地獄鳥は頷いている。
「となるとなかなかきびしいたたかいですなあ」
「厳しい?」
「ええ、まおうさまはすみからすみまでさがせますから」
『隅から隅まで』という言葉がやや特殊なことのように語られる。
隠された物を探すうえで『隅まで隅まで』探すのは当たり前ではなかろうか、とエーは首をかしげる。
「それはもうタンスのうらから、かべのひびわれのなかまですべて」
「ひび割れの中って……」
いくらなんでも過大評価が過ぎるだろう、スライムでもあるまいに。
と普段の炎の魔王の姿と、いつかみた竜の姿を思い出しながらエーは怪訝な顔をした。
(こんな感想前にも思ったことあるな……?)
いつのことだったか、つい最近のような随分前のような、不思議な感覚だ。
往々にしてそういう感覚は特になにも考えずに、けれど比較的大事な場面で思っていたことだ。
いつのことだったかと頭の片隅で考える中、地獄鳥が小さな羽で示す。
「ここはしょくどうです」
指されたのは両開きの扉。
中から香る食欲を誘う匂い。
かちゃかちゃと食器が当たったときのわずかな音と、
ざわざわと大衆が話し合う声は、
扉越しでもわかる『食堂』だった。
「食堂なんてあったのか」
「はい、きんきゅうじにはとびらごとかくしてしまうので、ゆうしゃどのにはなじみがないかもしれません」
"緊急時には扉ごと隠してしまう"
そんな機構があったのかとエーは感心する。
確かにそうしておけば無闇に荒らされることもないだろう。
思い返せば、この魔王城は壁や床が形状を変えるギミックが多く設置されているようだ。
穴が開いたり槍や矢がでたりは初侵入時にエーが体験した通り
である。
「もしかしてこの城、結構ハイテク?」
エーのつぶやきに地獄鳥はココッと笑った。
「いいえ、けっこうローテクですよ」
そうして嘴の前に羽を持ってきて、「これはないしょですよ」と小さく言う。
「おしろのそうちは、きどうじゅんびがひつようなのです。ぜんぶ、ゆうしゃのしんにゅうをかくにんしてから、まおうさまがごじぶんでじゅんびをしてまわるのです」
"魔王自ら起動準備をして回る"
エーは驚いた。
城中のギミックの起動準備をしてまわるなんてそれこそ部下にやらせるべき雑用ではないだろうか?
それをあの面倒臭がりの気分屋の傲慢魔王が自らやっていると言うのだ。
「嘘だあ」と、つい思ったことがエーの口をついて出た。
「ほんとうですよう、われわれがたたかわなくてすむよう、まおうさまがつくってくれたのですから」
自慢気に地獄鳥は言う。
(……本当に、部下に尊敬されてるんだな)
エーのなかの炎の魔王という像がまたひとつ塗り替えられた気がした。
自分勝手で、気分屋で、どうしようもない飽き性の、
ゲーム好きで、部下思いで、とても強い。
炎の魔王のすべてがちぐはぐしているような妙な違和感と共に
そのすべてが、羨ましく感じた。
「このさきは、なかにわですよー」
はっと気づくと、装飾された扉の前だった。
扉の小窓からは、赤い岩盤と赤い溶岩で埋め尽くされたこの世界には似つかわしくない、草木の緑色が覗いている。
この城内散歩もとても魅力的で、話を聞いていたいが、今参加しているゲームのルールをひとつ思い出したので、エーは一歩身を引いた。
「悪い、デュエルが中庭には隠してないって言ってたから、これ以上はただの散歩だ、怒られちまう」
首を横に振るエーを見上げて、案内していた地獄鳥は残念そうに眉を下げる。
「おや、それはざんねんです……こんどはぜひみていってください」
「是非そうさせてもらうよ、じゃあ案内ありがとな」
エーが軽く手を振ると、地獄鳥は小さな羽をパタパタと振り返した。
「ゆうしゃどの!まおうさまがまださがしていないおへやをさがしてみてください!まだゲームが終わってないってことは、まだ見つけてないのです!」
背中にそんな声を投げられ、エーは苦笑いをする。
(魔王の部下なのに、さすがに怒られやしないか?)
しかしいまは、そんな甘さか優しさを大いに役立てるとしよう。
エーはまだ見ぬ場所へと足を運んだ。