第七話 獄炎の魔導士 Ⅸ
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一旦街へと戻り、街の警察機関に強盗犯を拘束してもらう。
恐ろしい強盗犯たちは大きな怪我をしたものもなく、
"金色の勇者"は大きな手柄をあげた。
それはいい。
モルネは念のため医者に診てもらったが、こちらもたいした怪我はなく、
診察はすぐに終わるだろう。
それもいい。
診察室の外で、エーは心底不服そうにため息をつく。
「派手な戦闘もあった、事件も解決、満足したろ。もう帰れよ、今回なげーんだよ」
未だ炎の魔王、もとい獄炎の魔導士が目の前にいるのが不服で仕方がないのだ。
魔導士は「わかってないな」とやや小馬鹿にした素振りで指を振った。
「まだメインクエストが終わってないではないか」
やはりいつだってゲーム気分だなとエーは半ば諦める。
「さっきもクエストっていってたな……どういうことだよ」
「もちろん、あの少女を無事に家に送り届けるのだ!」
エーは頭痛を感じて眉間に手を当てる。そう言うと思っていただけに尚更頭がいたい。
つまりモルネを送り届けるまでこいつは帰る気はないということだ。
どれだけ人間のふりをしようとこいつは魔王。
しかも超ド級の気まぐれ魔王であって、連れて歩くなど隣にいつ火がつくかわからない爆弾を抱えて歩くようなもので、
一度火がついてしまえば、最初に脅してきたように、街ひとつなど容易く燃やしつくすだろう。
できればもう帰ってほしいのが本音だが、それをいうとまた機嫌を損ねかねない。
エーはもう一度深くため息をついてから最大限の嫌な顔をして魔王を睨む。
「途中で飽きたっていうなよ」
それはこの魔王の口癖のひとつ。
「心配するな!今日は飽きない!たぶん!」
とん、と自分の胸を叩いて見せる。
「……余計心配だなあ……」
頭の次は胃がいたくなる感覚を覚える。
そうして話していると、診察室のドアが開いた。
モルネの家はこの街から一日ほど歩いた先のマーリの森の中にあるらしい。
診察してくれた医者に聞くと、魔女がすむ森だとかで、時々この街までその魔女の作った薬が回ってくるらしい。
モルネに聞けば、確かにママが薬を作ってるというので間違いはなさそうだ。
しかし一日掛かる距離となると、野営は必須。
"爆弾"を抱えて夜を過ごさねばならないということだ。
それはエーの胃が幾つあっても足りないだろう。
だがエーはひとつひらめく。魔法には便利な移動手段があるはずだ。
「まぉ……獄炎、魔法で一気に森まで行けたりしないか?ゲートとか」
エーの期待に反して、魔導士は即座に首を横に振った。
「爆風で吹き飛ばすとかならできなくはないが命は保証しない。ゲートは論外だな、私は使えない」
「え、だってお前……」
"使えない"はずはない。
炎の魔王のところには巨大なゲートの枠があって、あれを通って氷の世界へいくはずだ。
そうでなければ炎の魔王と氷の世界で鬼ごっこしたことに説明がつかなくなる……。
そう思考が行き着いたところで、はたと気づく。
天使が作るゲートも、魔王が作るゲートも、はじめは枠組みだけの状態だったと。
「"あれ"は魔力を流せば開くようになってる簡易的なものだ。登録されている地点以外には行けないし、登録を増やすのも結構高いんだぞ」
「金掛かるのか……?!」
驚きの事実だった。
「専門家を呼ばねばならんからな。ゲートは勇者も、魔王ですら特別な資質がなければ扱うことはできない魔法だ、覚えておけ」
つまりゲートというのは特別な魔法で、簡単に使えるものではなく、かつ自由な場所には繋げず、新しい場所に繋ぐには専門の業者に頼んで金を払う必要がある、と。
こんな俗物的な神秘があるのだろうか。
そしてなにより、
「……ってことはやっぱ、徒歩か……」
この魔王と野宿が決定してしまったということだった。
モルネの手を握って、金色の勇者一行は街道を歩く。
マーリの森へいく道は、途中までは舗装された道だ。大きな街道ではないが、所々にある程度の範囲で獣を退ける効果のある獣避けのかがり火があり、危険な動物は寄ってこないし、盗賊が出ただのという話も聞かない。実に安全な旅路だ。
先頭をきるのは獄炎の魔導士。るんるんと鼻歌混じりに歩く姿は、きょろきょろしながらも大人しくついてくる少女モルネよりも子供のようだった。
ある程度進んでから街道から逸れる。道なき道、と言うものではないが、街道ほど整備はされていないし、ここからは獣避けのかがり火もなく、景色が森に近しくなってくるため周囲にも気を配らなければならない。
相変わらず鼻歌を歌いながら、拾った枝を振り回して歩く獄炎の魔導士には言わずもがな。この調子なら本当にいつ飽きたというかわからない。
「モルネ、疲れてないか?」
「は、はい。だい、じょうぶ」
エーは手を繋ぐ少女に声をかける。モルネはおどおどしながらも"大丈夫"と言ったが、恐らく無理をしているのだなとエーは見立てる。
子供が歩き続けるにはやや酷な距離を歩いている自覚はあった。その証拠に、だんだんと歩く速度が落ちている。それでも健気についてくるモルネを見かねて念のため尋ねたのだが、元々の性格か、あるいは捕まっていたときに脅されていたせいなのか、モルネは無理を押して歩いているのだろう。
と、分析している最中だった。先頭を歩いていた白フードがいなくなっていることに気がついたのは。
「あっ……!!」
油断した!とエーは己の視野の狭さを恥じた。モルネにかまけて爆弾のほうから目を離すなどしてはいけなかったのだ。
エーは周囲を見渡す。そして大きな声で獄炎、と呼び掛けようとした瞬間だ、
ガサッと茂みを分ける音と同時にエーの真横の茂みから、白い影が飛び出してきた。
「うわっ!?」
驚いたエーは剣に手を伸ばす。
が、それが獄炎の魔導士であるのがすぐにわかって、は、と息を漏らした。
脅かすためでこんなことをしたのだったらすぐに怒ろうともおもったが、どうやら表情は割りと真剣で、手には一杯の野苺が積み上がっていて、エーのことなんか見えていないように横を通り抜けたので、なにも言えずに動向を見守るかたちになった。
魔導士はモルネのそばまで来て手に積み上がった野苺を差し出す。
「疲れには甘いものと酸っぱいものが良い。手軽にとれて栄養もある。あとおいしい!」
モルネはしばらく丸い目をぱちくりさせて魔導士を見上げて、野苺をひとつそっとつまみ上げた。
それに満足したように、魔導士はひとつ頷いてモルネの頭を空いている手でぽんと撫でる。
「良い子だ。それをたべたらもう少し歩ける。そしたら、そのへんで野宿としよう」
こくん、とモルネは頷いて、野苺を頬張る。
赤く色付いた野苺は想像よりも酸っぱかったのか、モルネの唇がすぼむが、じわりと甘味が広がり、表情もやわらかくなった。
魔導士は野苺のひとつをエーの方に放って、また先頭を歩き出す。
慌てて野苺をキャッチしたエー。
だがなんとも言えない感情が沸き上がり、眉間に皺を寄せた。
色々なことが終わってから、ようやくエーが気づくことになるのだが、
このときの感情はきっと、嫉妬だったのだと思った。
力があって、エーにできないことをあたりまえのように、何でもできる炎の魔王への、
少年エーの嫉妬だったのだと。




