第七話 獄炎の魔導士 Ⅵ
家の中はややざわついていることが外からもわかった。
魔導士は「猫を飼うとネズミは出ていく」と言っていた。
つまりは、勇者に邪魔されて「この街は"美味しくない"」と踏んだのだと。
「さて、悪い奴は次の獲物へ移動するぞ?どうする勇者殿」
にやりと笑って魔導士が言う。なんとも意地の悪い質問だ。
暗に「よそで被害が出るが保身のために見なかったことにするか?」と言っているのだ。
それも、きっとエーの返答を予測したうえで。
まるで魔王の誘導に従っているようでエーは歯を噛み締める。
しかしそれで意地になって拒否すれば、今度は別の誰かが苦しむ。
「拒否権ねえだろ、悪魔かお前は」
嫌そうな顔をするエーに魔導士はまた笑って見せる。
「いいや、私は魔導士である。では正面から行っていつものように前口上でも言ってやれ、余裕そうにな。こちらが圧倒的に上位だと思い知らせるのだ」
バン!と扉が開け放たれる。
中にいた悪漢どもは驚いて扉のほうを見た。
そこに立つのは、金色の鎧を身に着けた金髪の少年と、白いフード付きマントを羽織った人物の姿。
「誰だてめえら!!」
悪漢の一人が叫んだ。
金色の鎧の少年は、きっと青い瞳で睨みつける。
「我が名は金色の勇者!女神様の名の元、弱きを救う者!」
そう声を上げて、金色の勇者は剣を抜く。
「てめえらは街でぶつかってきたガキと魔法使い……」
奥から出てきた強盗犯たちのボスが、射殺すような厳つい眼光で睨みつける。
「魔法使いではない!魔導士だ!」
「何のこだわりだよ……」
ボスの言葉が気に入らなかった魔導士はくわりと目を見開いて抗議する。
正直魔導士と魔法使いの違いなんて判らない。そしてきっとこいつがそれをこだわるのはどうでもいい理由な気がする。
すっかり勇者モードを削がれてしまったエーはこほんと一つ咳払いをして剣を構え直した。
「とにかく!お前ら全員御用だ!おとなしく捕まってもらうぞ!」
エーが戦闘態勢なのをみると、周囲の悪漢たちも次々とナイフや剣を取り出す。
そのなか、ボスだけが不適にくつくつと笑った。
「くくく、さっきは不意打ちを食らったが、今度はそうじゃねえ。おい!あいつを連れてこい!」
ボスがそう叫ぶと、奥の部屋から一人男が現れる。そいつ自体は他の悪党どもと大差ないが、それが連れてきたのは、
両の手を縄で縛られ、泣き腫らしたであろう赤い目で怯える、5~6歳ぐらいであろう少女であったために、エーは目を丸くする。
「こいつはある森の魔女の末裔でな、命じれば大地を揺らし、風を自由に操れる。それこそ魔王級のことだってできちまうのさ。俺たちがなんの切り札もなく強盗なんぞやってるとでも思ってるのか?」
ボスは少女の肩を掴み無理やりに引き寄せ、少女からはヒッと小さく悲鳴が上がった。
「人質兼攻撃兵器というわけさ、さあどうする勇者様?さっきみたいに頭突きでもしてみるか?」
にやり、と悪党にふさわしい、邪悪な笑みを浮かべる。
対してエーはぎりりと奥歯を噛み締めた。
「聞いてねえぞこんな展開……」
「私も予想外だ」
後ろにいる魔導士にこそりと文句を言うが、魔導士の方はやや無関心そうな顔だ。
「予想外で済むかっ……どうすんだよこれ……!」
「私を預言者だとでも思っているのか?今はただの魔導士だ、ちょっと強くてかっこいいだけのな」
ふん、と魔導士は鼻を鳴らす。
そうして、ぽん、とエーの背を押した。
「言っただろう、余裕そうに、己が上位だと思わせるように。あとはお前の好きに動け、私が取りこぼしを拾ってやる」