第七話 獄炎の魔導士 Ⅴ
ハルダムの街の郊外に、人の住んでいない家が一軒あった。
特にストーリーのない、ただ不便だとか、そんななんでもない理由で放置されている家だ。
だが変に曰く付きよりは隠れ家にしやすい、そう思ってここを拠点にした強盗犯のボスは、街で起きた思わぬ奇襲に逃げ帰ってきた。
ハルダムの街は比較的平和ボケした街だった。
下調べの結果、勇者の庇護下にあるわけでもなく、また魔物の襲撃に怯えるほど田舎にあるわけでもない。
だから仕事は楽だと思っていたし、ある程度稼いだらさっさと別の街に行くための計画もあった。
それが今日という1日で台無しになった。
いないと思っていた勇者がこの街に滞在していて、とんでもない魔法使いを味方につけていた。
もしかしたらあれも勇者かもしれない。
とにかく計画は台無しだ。であれば、もうこの街でリスクを背負う必要はない。
「この街じゃあもう稼げねえ。おい!ガキをつれてこい!よそに移動だ!」
「さて、魔導士らしく少し授業をしてやろう」
勇者は腑に落ちない顔で街の外に連れられて歩いていた。
先頭を歩く白ずくめは歩きながら話す。
「生きとし生けるものには僅かな例外を除けば必ず魔力が宿っている、人はもちろん獣も草も海も風ですらな」
魔導士は立てた人差し指をくらくると、宙をかき混ぜるように回す。
なんだかうんと小さい頃に聞いたような気もするが、魔法とは縁遠い農民出のエーにはほとんど初耳のようなものだ。
「俺にも?」
「もちろん」
勇者の疑問に魔導士は即座に答える。
「それがイコールで魔法が使えるというわけではないから間違えるなよ。指があるから手先が器用、というわけではなかろう」
「……なるほど」
悔しいがわかりやすい例えだ。
「我々魔導士はその魔力を、光や流れ、あとは匂いとして感知ができる」
「お前は魔王だけどな」
「といっても実際には五感で感じているのものではないから、匂いというのは語弊があるのかもしれんが」
疑問には答えてくれるが、ツッコミは無視されるらしい。
しかし普段は全うなツッコミをしようものなら揚げ足を取るなと理不尽に脛を蹴られていたが、そうしないところをみると相当魔導士という役になりきっているのか、それでなければ相当機嫌がいいのだろう。
「ではその応用編、魔力を感知し追跡を行う。相手の魔力が脆弱で、辿るのも難しい場合は、自分の魔力を相手に付着させる」
そう説明して、魔導士は足を止めた。
「たとえば、超強力な炎とか」
にやりと笑う魔導士の視線の先には、古びた家が一軒あった。
つまりこの魔導士は、街でにげた強盗犯たちを追っていた。
その手段が、強盗犯たちを焼いた幻の炎の匂いをたどってきたということか。
それがどれだけ大変なことなのかは魔術に疎いエーにはわからなかったので、素直に今の気持ちを呟く。
「匂いで辿ってるって、犬かお前は」
「天才と呼んでくれて構わないのだぞ」
機嫌の良いらしい魔導士は、ふふんと鼻で笑って誇らしげに胸を張って見せた。